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2009年11月 7日 (土)

それはそれで

20091107120021  鍬で耕しました。鷺にも遭遇し、軽快な思いで鋤き始めましたが、やはり、汗を拭いながらの耕作でした。目標は高邁で、無農薬・無肥料・無機械、更に無○○、という魂胆です。いろいろと助言を得ていますが、殆ど無視ということで・・・(秘密)。大層に反論すると、田舎ですから付き合い上問題もあります。朝から農業委員の方が訪問して下さり、勝手に新規就農者にされそうですが、それはそれで、営農意欲は多少はあるのですが・・・。ということで、鍬一丁で耕しました。

32087162  農業ブームである。テレビや雑誌でも農業特集が組まれる。それはそれでいいことなのかも知れないが、産業としての農業が危機に瀕していることが原因であると思われる。それは同時に、人々の食に対する漠然とした不安もあるだろう。しかし、ブームは去る。その時にどうするのか、というのが一番大事なことだ。自分の食い扶持は自分で作るというスタンスが大事だ。今の日本では、約6割の食糧を輸入し、約30%を破棄している。こうした現状に対して、危機的な論調が占有されているが、生産者側のものはなく、そんなものは何も意味はない、と思っている。金がなくなったら鉄骨でも紙くずでも食べたらいいことなのだ。その位の覚悟がなければ、真の意味での農業の重要性は分からないだろうからである。食育?地産地消?そんなことを考える前に、農業・農民や農業高校・農学部や食糧事情や温暖・砂漠化や資本主義における農業の位置などについて、まともに考えたことがあるんかい、と問い質したい。野菜や米や小麦などを一つでも生育させたことがあるんかい、と問い質したい。人間にとって最も大事なことが最も卑しめられている現状をどう考えているのか。この本の初めで、新規農業後継者が医師になる人の数よりも少なく、5千人以下であることが明らかにされている。声高に食糧安保を叫ぶ人には到底分からない事態であろう。著者は農林水産省の政府委員をしていて著名であるが、地産地消と食育だけでは農業の再生になるとは思えない。

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