« 『農協の大罪』 | トップページ | 農民文学の意義 »

2009年10月 6日 (火)

農業のリスク

20091003203126  中秋の名月は雲間に微かに眺める程度でしたが、秋は益々深まっているようで、音楽会やら運動会やらの学校や地区の行事が目白押しです。

 「農業はハイリスクである」と前回に明示したが、これは正鵠を得ていないであろう。無論、農業生産物は自然条件や市場に左右されるという意味では正しいかも知れないが、問題はそんなところにあるのではない。田んぼや畑を遊び場としていた子供の頃、素朴に思ったことは、稲刈りやりんご採りや消毒の手伝いなどをしていて勤め人が休日を愉しんでいることを羨望したり、地べたに這い蹲るように勤勉に働く両親などの農産物に、農民が価格を付ける権利がないことを疑念を覚えたことである。そんなこともあって、次第に文学やマルクス経済学に興味を抱いたのであるが、マルクスの元々の出発点はイギリスやドイツの農業問題であるとも言える。イギリスの産業革命期より農業問題は大問題となっていた。穀物もしくは農産物の自由貿易か保護貿易かという問題である(この辺の知識は受験世界史のものと文献がないことでうろ覚えである)。その後のマルクスの関心は歴史や経済学、特に史的唯物論と資本主義批判と移って行く。『資本論』の中では、社会の富は商品の巨大な集積として商品の分析から始まって、「労働力の商品化」という新しいカテゴリーで資本主義の矛盾を摘出したのである。しかしながら、マルクスによって農業問題が解決されたかと言えば、現時点でも何も進展していない。では、反マルクス主義の経済学ではどうかと言えば、これは分かりやすいような気がする。歴史の趨勢は農産物の自由貿易主義である。つまり、農業・農民を犠牲にしながら資本主義は発展しているのである。ある意味では、労働力の商品化は資本主義の内部的矛盾であれば、農業問題は資本主義の外部的矛盾と見ることも出来るだろう。農業問題がハイリスクというよりは、資本主義の中から胚胎する問題であり、資本主義社会においては本質的にリスクそのものと言えるのではないだろうか。

|

« 『農協の大罪』 | トップページ | 農民文学の意義 »

食と農業」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/527456/31674877

この記事へのトラックバック一覧です: 農業のリスク:

« 『農協の大罪』 | トップページ | 農民文学の意義 »