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2009年10月 1日 (木)

『虚ろな夏』

200910010808341  弱った。ホンマに弱ったことである。小説など、このところ殆ど読まないので、批評というのもおこがましい。手にしている中沢正弘氏の『虚ろな夏』のことである。作者は、2004年、農民文学賞を受賞している草莽の文学者というべきか(これも参照。秀作である)。氏の20代に創作した作品集である。1950年代後半から60年代を時代背景としている。敗戦の混乱から脱却しつつある頃である。「虚ろな夏」の次男坊である次雄の心理には、そんな時代が反映していると思われる。「むき出しに出来ない心のわびしさ」(p147)を感じている。そして、「ただ、ほかにすることがないから今の働きを働いているに過ぎない」(p141)。心がポッカリ空いた時代だったような気がする。私自身も、今では死語となった半ドンの午後の、心象風景が思い出される。小学生の遊ぶ声も聞こえない。教師の姿も見えない。ただ静謐な、初夏の日差しを浴びた校門風景である。そして60年安保闘争の時代の前後である。そのような中で、「湖の翳り」の拓夫は心情を吐露する。「土を忘れない限り、人間は必ず蘇生し、人間は土を忘れた生きものとならない限り、人類は繁栄する」(p192)と。それは作者自身の青春への決別表明であったのかも知れない。このように考えると、作品集の劈頭を飾る「豚間の由来」は、故あることと思われるのである。

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