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2009年10月19日 (月)

リンゴ談義

20091013115500  昨日は、息子と一緒に田んぼの検分と共和園芸農協へ。本日は、日がな一日家に籠って、南の部屋で陽光を浴びながら読書と昼寝。これを北信州では「なまくら」もしくは「たあくらた」と蔑みます。『風に訊く日々』を読み直しておりました。

 北海道の叔父さんからジャガイモが送られてきたので、早朝、近隣の親戚の家にお裾分けに出向いたら、お返しのリンゴが手にも重く、帰宅してしまった(あるんだけれどなあ。笑)。貰い物のリンゴでここしばらくは又、サクサクと食しなければならない。幸いなことに、我が家には約一名、消化力のある息子がいるので助かる。その昔、我が家の板間にはリンゴ箱が積み上げられ、痛んで売れないリンゴをおやつ代わりに一冬中食べたものだ。〈一日リンゴ一個は医者を遠ざける An apple a day keeps the doctor away〉というイギリスの諺がある。だから、60年代までの病気見舞いには、リンゴを持参して摩り下ろすことが当り前だったのである(卵や温めた牛乳・山羊乳も病人には供された)。また、リンゴは欧米では皮のまま火を通して調理されるそうですが、やはり皮付きで生のままガブリといきたいものです。そうすると、口臭を防ぎ、虫歯菌を阻害するなど、口中のバクテリアなどを殺す特性もあるということで、歯医者をも遠ざけるそうです。しかしながら、毎日齧るとなるとチョッとしんどいかも知れません。そこは品種を変えて、食べ続けるといいかも知れません。オススメはやはり、信州リンゴ3兄弟とこれから収穫の蜜入りふじリンゴでしょう。

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