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2009年8月

2009年8月21日 (金)

安心老後の準備

31958672  この本は、「自分自身の介護をどう(準備)するか」(p1)という問題意識から出発している。介護する側の本はごまんとある。しかし、されたり準備する側のものは寡少である(ありきたりの介護保険制度の解説本はあるが)。ましてや、約700万人とされる団塊世代が介護される側に立たされつつある中でも、である。人生を楽しんで、「ポックリと最期を迎えること」はないと肝に銘じておくべきである(p16)。元気で健康なセカンドライフは、そう遠くない時期に終わりを告げる。何らかのケガや発病・発症というイベントから、著者の定義するサードライフが始まる。その時、孤立した高齢者は苦渋の死を迎えることになるのである(p137)。また、その時に藁(行政)にも縋ってみても、失敗するケースが多い。なぜなら、彼らは介護保険制度の管理者(p209)だからである。そして、制度そのものも申請主義であって、申請しなければ何事も始まらないようになっているのである。とりあえず、公的機関を利用しなければならないが、それでも依存したり、過信したり、誤解したりしないようにしなければならない。そのために、サポーターデビューを提案し、意思書作成や私的サポーターが支援するあり方を勧めている。そのことについての詳しい言及が少ないのは残念であるが、ケース(事例。やや疑念のあるものもある)を含めて、分かりやすい警告書と思う。自分で準備しなければならないことも多いのである。

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教師へのいじめ

32156850  昨日から新学期が始まり、息子の夏休みは終了致しました。そして、嫁はんの憂鬱も解消いたしました(笑)。起きている間はじっとしていないので、嫁はんは、息子の世話と相手でホトホト心身疲れ果て、口論の毎日が続きました。その余波と世話が私にも押し寄せて、私も少々疲れました。学校の先生に昼間はお任せします。先生は偉いね。と言っても、教育の現場は意外に知られていないのではないか。中学生ともなると、生徒の自己主張もあって、その大変さは想像はできるが、この本を読むと、中学教師は四面楚歌になっている状況がかいま見える。書類書きと生徒指導と研修などで大忙しの教員の現場である。教師の自由裁量なんて無きに等しい。「個性重視」というお題目なんて、現実社会でもあり得ないにも拘らず、教育界では大手を振っている。失敗を怖れてどこか抑圧されてしまっているような感じ(p251~252)は、現実社会の大写しである。やむなく事なかれ主義に陥る(p176)かキレてしまうか、どちらかである。教師や学校をいじめたってどうなるものか。「教員の現場が重度のストレス社会になっている」(p62)のである。日本の侵略戦争は何故生起したか、という問題の回答の大枠は、明治時代の政治体制と皇民化教育であるのは明らかだが(何十年という準備期間があったのだ)、司馬遼太郎は、やり方が悪かったのである、などと宣っている。戦力のない戦車がどうのこうの、軍事戦略がどうのこうの、幕末の志士は凄かったなどと、とんでもないことを並べ立てている。この時期において、あらかじめ、司馬を封じ込めておきたいものだ。

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2009年8月14日 (金)

ポックリ信仰の蒙昧

20090814090821  相変わらず、家の中でごろごろしていますが、菜園でゴーヤーを収穫しました。68円の苗を一本購入して、ほったらかしにしていましたが、いつの間にか育っていました。もうちょっと世話をしなければならないな、と反省を致しました。蕎麦も芽を出して、こちらは朝な朝な水くれはしております。今年はなんやかやで収穫は結構なもので、少ない小遣いから種や苗を購入して、何とかここまでたどり着きました。基本は、土作りと草取りや水遣りなどのお世話です。今夜は、ゴーヤーチャンプルにしようと思います。

 盆休みということで、周囲は静かでただアブラゼミだけが鳴き、風がそよぐのみであります。寄って来るのは蚊のみであり、あちこちポリポリ掻いております。『団塊世代のための安心老後の介護入門』を紐解いております。重要なことを警告しております。人生を楽しんで、「ポックリと最期を迎えること」は、医学が進歩した今日、めったにないことを明け透けに注意喚起しているのである(p16)。介護について知っている人には余りにも明らかなことであるのですが、人は嫌なことを回避して忘れようとするものです。年金・医療の問題に選挙のマニフェストや争点になっていて、介護はやや霞みがちですが、重要な事項に間違いありません。寝たきりや寝かせきりにさせられる自分も想像してしかるべきである。

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2009年8月 7日 (金)

国民総動員制度

20090730143140  子ども原始村(長野子ども劇場)の三泊四日のキャンプを終えて、息子が帰ってきました。少々、体調を崩したようで、ジュニアサッカーチームの合宿は参加を見合わせました。写真は、からきだフェスタで一等賞の景品です。息子が当てました。昔の修験道者は、蕎麦粉を携えて修行したそうです。水に溶かして食用にすると直ちに体力回復に至るそうです。ちょっと遅くなりましたが、明日は蕎麦の播種をしようと思います。どうなることやら。

 最近のニュースを見ていると、よく分からぬコメンテイターが登場して、だらだらと無内容なことを喋ってばかりで面白くない。ニュース・ステーションは最悪だ。解説はいいから、映像を詳しく報道して欲しい。訳がありそうだ。裁判員制度もだ。これは、日弁連を解体して、国民を国家権力に総動員していく制度である。いきなり「赤紙」が来て、出頭させられて司法権力の道具になる。「市民感覚の司法制度にする」と甘言を弄しながら、反動判決の共犯者に仕立て上げるのである。大体、市民感覚などというのは、いかに法曹界(特に司法権力側)が国民から離反している証左ではないか。裁判員制度の説明だけで、それに対する多様な意見を捨象し、弁護士界からの意見も報道されない。おまけに、裁判員や報道記者の中に女性が総動員されている。道州制と併せて、深刻な事態が進捗しているとみている。

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2009年8月 4日 (火)

信州の行く末

19538707  著名な文部省唱歌である「故郷」は、長野県出身の高野辰之の作詞である。その原風景は北信濃のそれである。信州は「山紫水明の地」とも自慢されているが、高野が思い浮かべて作詞した自然は、明治時代末期のそれであって、現代では、そのよすがもないと断言して構わないと思う。便利さと引き換えに失ったものは大きい。だが、時代の変転を憂いて復古を願うのも錯誤と言わなければならない。しかしながら、悪弊を反省して子々孫々に伝達することに躊躇ってはならないと思う。それは現代に生きる我々の責務であるから。堰(信州では用水路を堰という)には、蛍もいないし、鮒も泳いでいない。人よりも車が溢れている幹線道路(異様な光景)の傍は、近代建築か田畑かの何れかである。一番のエコはできるだけ乗用しないことだ。エコロジーではなく、エコノミーのエコになっているのに、ごみ減量なんて、のたまっている。不思議でならない。この本の著者は、地域性こそ信州の財産である、と見究めている(p229、238、283)が、その振興策は山村の美しい自然を生かす観光であると結論している(p102、103)。自然を観光資源とするならば、山河を整備しなければならない(80%は山林)が、県の(農林)行政はそれに本腰ではないと思われる。山紫水明の土地など、全国至るところにあるのである。今必要なことは、地域の歴史や文化を掘り起こすことである。確実に世代交代しているからである。例えば、長野と松本との地域間対立などという近視眼的な信州論があるが、井の中の蛙論と言わねばならない。この本の中の「信州合衆国」(p237)という言葉は、そのヒントである。プリズムのようにそれぞれの地域性を発掘して連携してゆくことである。そうでなければ、信州は単なる日帰り施設であり、通過県になるだろう。そして、いよいよ東京に毒されてゆくだろう。中央にばかりに向いている知事では無理なことであろうが。

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2009年8月 2日 (日)

キュウリの夏

S1127  ぼちぼち読み始めています。「本当の真理というものは、単なる概念でもなければ、言葉でもなく、その人の運命をねじ曲げ動かすような力のある内実をもったものである」(p13)や「魂(人格)の重みというものを教育の根本に据え直すこと」(p42)という言葉を、やや忸怩たる思いで捲っています。市立大町図書館所蔵の寄贈図書なので、丹念に読み、しかも早急に返却しなければならないのですが、どうなることやら。ちょっと頭を巡ったのは、『手記私の戦後50年』を併読していて、人格的な出会いや人の好意に感謝する手記が女性の方が多いのが目立って、それが却って、平和への願いが強いことを感じたことでした。

20090802091948  今年は、長雨や集中豪雨で野菜や米の生育が悪く心配されています。日照率が例年の60~70%ということで、高値と冷害が懸念されています。が、我が家ではキュウリの収穫が多くて、嫁はんはウンザリとした面持ちです。毎食食べてせっせと消費しています。ありがたいことです。キュウリは、「世界一栄養のない野菜」と評価が低いが、味噌や粕や食酢などを使って身体を冷やしたり、水分補給(90%以上)や食物繊維の摂取など利点が多いと想像されます。利点だらけと言いたいです。でも、本当に心配しているのは、お盆の頃に稲の花が咲いてくれるのかということです。ごはん党ですから。選挙では、ごはん党を選択していただくよう、お願い申し上げます(笑)。

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