« 出発進行 | トップページ | むらの記憶 »

2009年7月14日 (火)

『戦争の時代ですよ!』

32255678 国策紙芝居が侵略戦争への国民動員メディアになった事実は否めない。だが、大切なことは、なぜ民衆はそれに反対できなかったか、という理由を具体的に探ることである(p16)。日本人は、都合の悪いことは「水に流す」ことが過半である。戦後、手のひらを返して平和主義者に転進する者が多くいた。戦犯が一国の首相にもなっていることだから何をか況や、である。西条八十、古関裕而、北原白秋、等々、数え上げたらきりがない。戦後十年経っても、辻々に傷痍軍人の姿を目にしたし、「仕方がなかった」「アジアを解放する戦争だった」論が親父世代の共通認識だった。戦後の平和紙芝居も、「かわいそうなぞう」や「オルスバン」は反戦意識はない。ラジオやテレビでは、「戦友」や「ハリマオ」など戦争の雰囲気を残した美談や冒険談が盛んだった。「水戸黄門」などの時代物はその名残とも言えるだろう。著者は街頭紙芝居の楽しみを三つに絞り上げている。そのうちの一つ、「語っている演じ手に向かってお客が『まぜっ返し』『突っ込み』を入れる楽しみ」が、街頭紙芝居の特色であり、国策紙芝居との違いであると指摘している(「講義の後のつれづれ話」を参照、p131~144)。その昔、日本史を勉強していると、日本の歴史は戦争と戦乱の歴史だな、と思いながら苦闘したことがある。覚えることが多く、試験にも出題されるからである。アホらしくて、意欲も萎えたものだ。が、それでもその疑念などは未だに連綿として残っている。いずれにしても、戦争体験の継承と戦争責任の追及の課題は残されたままである。紙芝居という分野に限定されているとは言え、高著であることは確かである。気象庁は、今日梅雨明けしたと報じているが、日本人の課題は解決していない。

|

« 出発進行 | トップページ | むらの記憶 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/527456/30540136

この記事へのトラックバック一覧です: 『戦争の時代ですよ!』:

« 出発進行 | トップページ | むらの記憶 »