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2009年7月

2009年7月30日 (木)

海水浴へ

20090728120547 一昨日は、息子の夏休み初っ端で、糸魚川まで海水浴に出掛けました。肌はヒリヒリ痛いし、痒いです。青海シーサイドパークの海岸で泳ぎました。写真の向こうには親不知が望見できます。全くの穴場です(盛夏でも人がまばらということです)。無料でシャワー付きだったので利用しましたが、砂浜地は10mもなく、海底は石ころだらけ。寄せる波で小石が当たり、痛いの何の。息子には自然の脅威を教えてあげることができました(笑)。恐がる息子を海の中に引きずり込みましたが、最後は大満足の様子です。海老やらキスやらが打ち寄せて感心して見入っていました。当の私も、海水浴は何十年振りなので、スイスイ平泳ぎをしました。

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 帰途、車窓から蜩の鳴き声が入り込むのを耳にしながら、白馬で温泉(おびなたの湯)と食事に相成りました。登山・スキー・ボードの若者が多いので大盛りの飲食店が多いという評判の白馬ですが、その内の一つである喫茶・洋食店グリンデルに立ち寄りました。妻子は喜んでおりました。当の私は、洋食は苦手なので息子の御飯をもいただいて、胃袋を苦しめました。写真の山は、左から(白馬)鑓ヶ岳、台形の杓子岳、白馬岳、そして一番高いのは、一見したところ、Aコープの看板塔でした(笑)。蕎麦の種が販売されていたので、500g(275円)を購入しました(これも参照)。

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2009年7月27日 (月)

辛い原因

32248149_3  「高齢者介護の現場は、未来に光を見つけるのが難しい職場だ」(p136)と流布されている。高齢者という人相手の仕事であり、人の生命を与る仕事であり、近年需要が増している仕事であり、業界の未熟ということもあり、介護保険制度という国の社会保障ということもあり、問題山積の業界である。山口県・防府市の老人ホームの人的被害は、現代の姥捨て場である山手郊外に、災害対策もなされないまま建設されたことにも問題が隠蔽されているのではないか。この本は、こうした問題意識の中で、ヘルパー2級を取得して介護現場に潜入したルポである(p127)。先ず第一に、介護現場は凄まじく忙しい(p43)。ために大なり小なり職員はイライラ(我慢)している(利用者も。p88)。人手不足であり、離職率が高い。だから、職員の待遇改善が根本的な処方箋であることは言を待たないだろう(p251)。業界団体のこうした指摘に対して、厚労省は乗り出しているが、介護福祉士などの資格制限をして(専門性を高める)垣根を高めるやり方だけでは解決にはならない。田舎では、高齢者が多く、中高年の就職口として重宝され、レールから外れた都会の若者には、数少ない寄る辺なのである(p206)。根本的には、全体として介護は、<軽く見られてる>のである。社会全体として、死にゆく者を介助する役に立たない業界という潜在観念があり、そこで働く者の報酬もまた、低くて当然と思われているのである。したがって、そこで生きる老人も意味もないものと見做されているのである。これならば、長幼序のある家父長制社会の方がマシである。介護の社会化もしくは社会的介護という視点を忘れてはならないのである。国の制度・政策はこれを欠如していると言わなくてはならない(p176~177)。この業界の「希望のなさ」はこの辺にあるのである(p209)。更に、指摘したいのは、どの業界の宿根ともいうべき事柄である。専門性を高めるという企てが嵌る罠である。介護職の資格有権に眼を奪われて、業界の持っている社会的意味を狭隘にする利益団体のことである。社会では当り前であることを当り前とし(p251)、より積極的に介護の意義を流布する役割を演じる必要がある。介護の実技・実習やカリキュラムがいい加減であるばかりでなく(p195)、現場職が指揮権を振り回すあり方など問題外である。利用者を底辺とする階層が成立する施設(現代の監獄)が多々あるのである。「人の命を見送る仕事」(p137)と誇称しながら、虐待や介護放棄などのモラルハザードが惹起するのは、これが原因である(第五章参照)。「なぜ、新しい意見や改革が受け入れられないかといえば、直接的にはベテラン職員の存在、間接的には人手不足に、その原因があるのでは、と思う」(p217)とあるが、業界団体も加えるべきだろう。では具体的に、理想の介護とは何なのだろうか。これについては、次回ということで

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2009年7月19日 (日)

戦争体験手記を読んで

20090719122216_3412 ギー、ギー、ギーと繰り返す鳥の鳴き声で空を見上げる。スズメほどの体長なのだが、これまた肉眼のため不明。愚息の夏休み自由研究の為に、『ソバの絵本』を図書館で拝借した後のこと。やはり、携帯の図鑑と双眼鏡、必要だよ。財布の底を払うか。それにしても、この研究は何とかならんのか。普通の四年生には研究は無理です。せめて、研究か工作か日記・作文・読書感想文か、と選択肢を与えて欲しい。軒並み一律、全員に研究を課すのはいかがなものか。親掛かりとならざるを得ないからだ。

Book_watashinosengo 今年も暑いハチガツがやってくる。そして、手にしたのがこの本。自分の基本的な視点はこれである。将校以上の手記はあてにならない。「中身の空っぽの逃げる(最後までに逃げた!)大根役者」のコイズミ政権が終焉し、漸く総選挙になりそうです。国民の多くが支持した政権が崩壊する歴史的局面に遭遇しているようです。予想したようになるのが悲しい(東国原知事やらのことも)。ただ只管に庶民の生き様に注視するのみだ。

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2009年7月16日 (木)

むらの記憶

20090715234026 池田晶子氏の『私とは』(講談社刊)を読み始めて、失敗したな、と思ったので、代わりに、この本の中の写真を丹念に通覧し始めている。存在の淵(不治?)に沈んだ人のことなど、申し訳ないが興味も関心もない(彼女のものは読むべきではない、という人もいる)。実は、敬して遠ざく著名人が多いのである。それは推察して頂くしかない。ヒントは、何れ誰も読む人あらず、となると思しき人々である。尤も、このブログも誰も読む人あらずとなる可能性も無きにしも非ず、ということもありますが・・・。

20090716004323 二毛作の川中島平は、既に田植えは終っています。写真集を眺めると、40年前は、漸く田植えが終って一安心の農民心情が浮かび上がります。養蚕や麦刈り、苗代作りや代かき、そして田植えと、ほっと息をつく時期だったのです。猫の手も借りたいこの時期には、北国とくに新潟からの早乙女が「職安」(今のハローワーク)を通じて、遥々信州にやって来て(北国から順々に田植えが行なわれ)、全国で最も遅いといわれるこの地に出稼ぎに来てくれたのです。それは1960年代のことでした。6月に到着し、北から順番に田植えして、川中島平で終了します。そして、彼女達は、稼ぎの一部で、温泉に浸かったり、善光寺参りして帰るのが楽しみでした。この地の古老の記憶によれば、彼女達の働きぶりは素早く、稲の植え付けがしっかりと根が張るように上手いという印象を残しています。さすが、一毛作の米どころです。尚、米の生産では新潟と北海道が競っています。北海道の生産量が多いのは意外なことではありませんか。生産技術の向上と「きらら397」のお蔭です。きららは安いので良く食べています。嘗て、信州での銘柄は農林○号やシナノヒカリでしたが、品種改良技術では後塵を拝しているようです。

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2009年7月14日 (火)

『戦争の時代ですよ!』

32255678 国策紙芝居が侵略戦争への国民動員メディアになった事実は否めない。だが、大切なことは、なぜ民衆はそれに反対できなかったか、という理由を具体的に探ることである(p16)。日本人は、都合の悪いことは「水に流す」ことが過半である。戦後、手のひらを返して平和主義者に転進する者が多くいた。戦犯が一国の首相にもなっていることだから何をか況や、である。西条八十、古関裕而、北原白秋、等々、数え上げたらきりがない。戦後十年経っても、辻々に傷痍軍人の姿を目にしたし、「仕方がなかった」「アジアを解放する戦争だった」論が親父世代の共通認識だった。戦後の平和紙芝居も、「かわいそうなぞう」や「オルスバン」は反戦意識はない。ラジオやテレビでは、「戦友」や「ハリマオ」など戦争の雰囲気を残した美談や冒険談が盛んだった。「水戸黄門」などの時代物はその名残とも言えるだろう。著者は街頭紙芝居の楽しみを三つに絞り上げている。そのうちの一つ、「語っている演じ手に向かってお客が『まぜっ返し』『突っ込み』を入れる楽しみ」が、街頭紙芝居の特色であり、国策紙芝居との違いであると指摘している(「講義の後のつれづれ話」を参照、p131~144)。その昔、日本史を勉強していると、日本の歴史は戦争と戦乱の歴史だな、と思いながら苦闘したことがある。覚えることが多く、試験にも出題されるからである。アホらしくて、意欲も萎えたものだ。が、それでもその疑念などは未だに連綿として残っている。いずれにしても、戦争体験の継承と戦争責任の追及の課題は残されたままである。紙芝居という分野に限定されているとは言え、高著であることは確かである。気象庁は、今日梅雨明けしたと報じているが、日本人の課題は解決していない。

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2009年7月12日 (日)

出発進行

20090711181324 昨日、リムバンドが古くなり痛んだために、何度パンク修理をしても空気が抜けて頭を痛めて一年以上放置していた愛車を、ホームセンターでゴムシートを購入して、二時間以上かけて修理しました。丁寧にリムに貼り付けたり、空気が漏れる箇所をバケツの中の水に浸して発見したりと、大層労しました。今日の午前中は試乗体験。うん、バッチリ。これからは地域周辺へのサイクリングに活用するでぇ。ママチャリもあるんやけど、やっぱりこちらの方が気軽。出発進行。

32260782 事故防止のための認知症ケアの本である。ベースにあるのは、竹内孝仁『認知症のケア』と三好春樹『痴呆論』である。その手法は、生活環境の見直し体調不良の要因(便秘や脱水などの)点検介護方法の見直しの三点である(p15~24)。事例が豊富で、ポイントもキーワードとして明記され分かりやすい。認知症の人のケアで大切なことは、認知症が単純に脳の病気として捉えないという視点である。だが、タイプ別に識別することに関心が集中するのには少々疑問を持ち始めている。無論、有効なケアを探るという意味では効果はあるとは思う。ここでは、共にあるということを強調したい。また、遊離型認知症とは自閉型認知症のことなのだろうか。自閉と呼称されると難とされるのだろうか。長野県医師会の「みんなのけんこう」vol.67では、早期発見・早期治療・早期対応が大切と記載されています。また、予防のための心得は、やはり食事・睡眠・運動であり、生活習慣病を無くして趣味や社会的活動が必要なようです(認知症の人の数などはこちらも参照)。当の私は、睡眠だけは人一倍十分にとっているけれど、ね。

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2009年7月 6日 (月)

真実から生まれる現実

20090706134632  40年以上前と同じ小径風景。土壁の納屋と杉の木に挟まれて、記憶が甦る。髪を切ってから、車を点検に出し(またまた痛い出費!車はカネ喰い虫だぁ。そうでなくとも僅かばかりのボーナスは、既に行き先決定済み。どう足掻いても余裕ができるのは数年先か。という訳で、手元にはこんな本があります)、図書館でボツボツと雑誌を読み耽る。地方・小出版流通センターなんてものがありまして、弱小(?)出版社や地方のそれが出版する書物を扱っています。長野県は、沖縄や青森県などと共に、少なからぬ出版社が存在し、センターに加入しています。出版業界は、大手出版社と取次大手が牛耳っており(近年はオオゾンや悪い気分のCVSが勢力を伸ばしている)、どの中小・地方出版社も経営環境は厳しいようです。で、『信濃教育』(信濃教育会)第1470号を開いて、川田殖先生が掲載されているエッセー、「星を仰いで」の「現実からの出発」を読み始めてみた。子供たちの井戸掘り体験という教育実践を引用しながら、こう述べておられる。「たしかに現実はきびしい。しかしさらにきびしいのは『真実』である。現実は変るが、真実は変らない・・・教育は・・・現実の人間を真実の人間にする営みである。この真実は、人の内なるいのちを育てる広大無辺な愛に根ざしている。現実の人間がこれに出会う時、いつしか真実の人間へと変えられて行く。その萌芽は、・・・子どもたちのうちに確実に存在する。これこそ何よりも確実な、教育の現実なのである」(p70~71)理想(真実、もしくは愛)から生まれる現実もあるのである。但し、このこともまた忘れてはならないことである。

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