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2009年5月22日 (金)

マスクは何を覆うのか。

32138617  生き抜くことは、「まずいきのびる」(p160)ことである。憲法25条では、生存権と国のその義務を規定している。コイズミ政権時代、異様に「自己責任」論を奉じてバッシングが行なわれていた。しかし今や、国と政権与党こそがバッシングされなければならない時である。人間、追い詰められると絶望と無力感と不安(底辺感)から自己を責めたてがちである。新自由主義思想は、それらを利用して日本社会を改変しようと目論んだが(p71)、失敗した。否、それらの攻防の局面にあると言わなくてはなるまい。新型インフルエンザ問題も、国家の危機管理と称して、情報操作による国民総動員を企図しているではないか(裁判官制度もそうである)。解雇・リストラや生活苦を逆手にとって、臥薪嘗胆させようとしているとしか思えない。マスクは何を覆おうとしているのか。日本の就業者の三分の一は非正規労働者であり、若者・女性である(p181)。雇用の調整弁として切り捨てられ(排除され)ようとしているのである。こうした中、来年は改憲と戦争問題が浮揚しつつあるとみている。そのために、貧乏人を排除しておかなくてならないという状況を作り出そうという意図である。この本の中での「貧困がいちばん大きな徴兵制度である」(p161)という認識は重要である(『ルポ 貧困大国アメリカ』、岩波新書参照。これも)。生存権は憲法9条とリンクしている。働くことの意味を自覚し、生存権を強調し、そしてむしろ国に対する(自己)責任を要求することこそ、いま求められているのではないか。雨宮さんは「生きさせろ」と叫んで行動されていますが、「競争して生きるのはいやだ」と呟きたい。ここでまた、寝ながら考えてみようか。果報は寝て待て、とはいかないか・・・(笑)。

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