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2009年5月

2009年5月31日 (日)

社会劣化の結末

32237282_2  総務省の労働力調査によれば、4月完全失業率は5%に上り、厚労省が発表した調査では、4月有効求人倍率は0.5倍(正社員は0.27倍)を下回った、ということだ。仕事がなく、正社員にもなれない。ために政府は、2月に雇用創出と称し、介護、農業、環境などの分野を提唱しているが、そんなことは信用できない。今までも裏切り続けたからだ。元々、「日本は、一日八時間労働を規定しているILO一号条約を批准していない」(p154)。労働基準法違反が常態化していて、長時間労働を野放しにしているのである。さらさら労働者のことなど保障する気がないのである。セイフティーネットや就業機会の保証などないに等しい。むしろ狙いは、年功序列と終身雇用制度の破壊なのである。これは財界の動向を見れば、一目瞭然である。経済のグローバル化は、雇用の柔軟(喪失)化とワーキングプアの創出に帰結する。インフルエンザ、北朝鮮、総選挙などの問題に目を奪われ、背後で社会の劣化が進行しているのではないか。例えば、農業分野では改悪農地法案が、国防分野では海賊対処法案が企図されている。コイズミ構造改悪の総仕上げ段階と見てよいだろう。自公政権の最後の悪あがきなのである。この本でも確認されているが、市場主義自由経済の思想の核にあるのは、無責任の体系である(p219~221)。無責任の輩が唱道し、施策を講じ、国民に自己責任を強要するばかりか、政党助成金(カネ)まで巻き上げているのである。まともな国民の神経では、税金や年金などを支払う気にはなれないのではないか。

 寝ていても 取られる税の 悪い夢

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2009年5月29日 (金)

摘み草農法

20090526173136_3141   夜来の驟雨も止んで晴れ間が広がっています。郭公が鳴き出しています。鳥達は捕食に忙しいようで、せわしなく飛び交っています。鳥の世界も運動が必要なようです。人間の場合も、心身を使わないと機能が衰えます。これが廃用症候群(生活不活発病)であり、寝たきりだと、1週間で20%も筋力が衰え、便秘や褥瘡(床ずれ)や高次脳機能障害や認知症などを招来します。生活に終われることも必要なことであります。いつまでも寝ていられないのです。という訳で、合間を縫って猫の額のような土地を耕し、摘み草農法を実践しています。朝晩のお膳には葉物を利用しています。栽培が容易な二十日大根もありますが、春蒔野沢菜(うぐいす菜)を偶然ホームセンターで発見したので、早速試してみました。生育がよく、間引きしながら毎日食用できる(画像は白姫はつか大根で、うぐいす菜ではありません)。野沢菜とうぐいす菜との関係は、詳細は不明ですが、どうやら同種のようです。うぐいす菜は小松菜の一種だという説もありまして、何だかよく分かりません。ただし、野沢菜は天王寺蕪がルーツである、という説は、Wikipediaの項では否定されています。この辺のことは、是非ともサマンサさんにお聞きしたいことです。

 電動ポットの手入れで、クエン酸洗浄をしてみました。五年以上なんなんとするカルキがこびりついて、味がどうもという不審があって、敢行しました。クエン酸は、要するに、柑橘類にある酸っぱさの成分のようです。でも、何でポットの洗浄に使用するのか。それにしても、その昔、ポットなんて言うてかなという疑問も湧出しました。前はどう呼称されていたか、ご存知の方はいらっしゃいませんか。コーヒーを飲料する時に、誤って呑んでしまいましたが大丈夫ですか。このままでは、三年寝太郎を自称する私でも寝ていられません。

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2009年5月22日 (金)

マスクは何を覆うのか。

32138617  生き抜くことは、「まずいきのびる」(p160)ことである。憲法25条では、生存権と国のその義務を規定している。コイズミ政権時代、異様に「自己責任」論を奉じてバッシングが行なわれていた。しかし今や、国と政権与党こそがバッシングされなければならない時である。人間、追い詰められると絶望と無力感と不安(底辺感)から自己を責めたてがちである。新自由主義思想は、それらを利用して日本社会を改変しようと目論んだが(p71)、失敗した。否、それらの攻防の局面にあると言わなくてはなるまい。新型インフルエンザ問題も、国家の危機管理と称して、情報操作による国民総動員を企図しているではないか(裁判官制度もそうである)。解雇・リストラや生活苦を逆手にとって、臥薪嘗胆させようとしているとしか思えない。マスクは何を覆おうとしているのか。日本の就業者の三分の一は非正規労働者であり、若者・女性である(p181)。雇用の調整弁として切り捨てられ(排除され)ようとしているのである。こうした中、来年は改憲と戦争問題が浮揚しつつあるとみている。そのために、貧乏人を排除しておかなくてならないという状況を作り出そうという意図である。この本の中での「貧困がいちばん大きな徴兵制度である」(p161)という認識は重要である(『ルポ 貧困大国アメリカ』、岩波新書参照。これも)。生存権は憲法9条とリンクしている。働くことの意味を自覚し、生存権を強調し、そしてむしろ国に対する(自己)責任を要求することこそ、いま求められているのではないか。雨宮さんは「生きさせろ」と叫んで行動されていますが、「競争して生きるのはいやだ」と呟きたい。ここでまた、寝ながら考えてみようか。果報は寝て待て、とはいかないか・・・(笑)。

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2009年5月19日 (火)

ブーブーの時代?

32236414_2  うるせぇなあ、と思って顔を上げると、どうやらセグロセキレイらしい。朝まだき、用水の堤を散歩をしていた時である。近くには同類もいるが、単独で電線の高みから、飛翔せずにやかましい程囀っている。縄張りを誇示しているようにも見える。帰宅してを開くと、これに一番相似しているかな、なんて確信のような気分になる。新型インフルエンザもそうだ。目が覚めたら、一日がインフルエンザのニュースで始まる(テレビはつけないが、ラジオで一家の朝は始まる。目が釘付けにされると、遅刻してしまうのだ)。

 一体、いつから豚インフルエンザが「新型インフルエンザ」になってしまったのか。病原は何なのか。感染ルートはどうなのか、対処の仕方など、一向に報じられない。豚にも迷惑至極なことだ。だから、ブーブー鳴くのだろうか(笑)。いつの間にか海賊対処法案が衆院で強行採決されている。「対処」という言葉も欺瞞であるが、法文で海上保安庁の任務が、実態はいつの間にか自衛隊のそれになっているのもいい加減である。自衛隊の海外派兵の恒久化を狙ったものだ、と断定せざるを得ない(これを参照)。赤字と騒がれながら、どこから出てくるのか、定額給付金(これは我が家には嬉しいことだが票はやれない。笑)やら大型補正予算やらの埋蔵金がひねり出されるのも解せない。「危機の時代の政権与党」という言い回しがあるが、それは同時に、政権与党もまた危機であることだ。このことを、例の如く、寝ながら考えてみよう(笑)。こちらは、ブーブーではなく、グーグーですが・・・。もしかすると、ガーガーかゴーゴーかも知れませんが・・・。

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基礎介護技能

31596251_2  昨夜は19時半頃布団に入ったから、九時間は夢の世界にいたことになる。さすがに三年寝太郎ともいわれる所以である。寝すぎて腰も痛くなる。厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、65歳以上の高齢者のみの世帯は全世帯の約半数であり、その内、夫婦のみの高齢者世帯は半数になっている。核家族化と同時に、高齢社会と老老介護が進行しているのである。我が家もこれと無縁ではなく、十年後頃には現実化するのを予想しなければならない。既に、夫婦共々腰痛や身体の機能不全が処々に勃発している。という訳で、介護に関心と実益があるので、この本を読んでみた。

 介護者、それも介護職対象の本である。特色は、第一に、介護技術の誤解を解き、第二に、利用者とのコミュニケーションを基礎にしていることである。介護の現場では、「介護には未来がない」「自立支援には意味がない」等の声が多い。実際、介護事業所の多くは赤字であり、これが介護従事者に心身上および経済上の負担とストレスがのしかかっていて、現場の混乱に拍車をかけている。無力感と経験重視が覆っているのである。結果、介護放棄や介護事故などマスコミの話題になることもある。そこで、著者は「介護技能」を概念化して措定する。介護技能とは、著者によれば、介護業務の基本であり、前提として確実に身に付けていなければならない知識や技術であって、五つの技能を挙げている。誤解と経験主義を解き放つのは難事である。例えば、介護が作業になっていたり(p55)、介護事故がうっかりとして処理されたり(p91)、全介助の方法しか知らなかったり(だから作業になるのである、p116)する。これらのことは、徹頭徹尾明らかにされなければならない。そのことに著者は警鐘乱打している。読了してみて有益だったのは、「”声かけ”はコミュニケーションではない」(p70)という警句と全介助の方法しか知らないことであった。また、「利用者とのコミュニケーションなしにやってよいことなど基本的には一つもない」(p56)という箴言は、介護従事者は肝に銘じなければならないことだろう。気になったのは、「当事務所は・・・」と自己宣伝している記述が目立って、いやみを覚えたことである。

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2009年5月12日 (火)

春の読書週間

30714508  今日は、お父さんのかわりに書いちゃおうと思います。お父さんは、野菜の苗を買いにホームセンターに出かけました。うまくできるかなあ。

 この本は、頭のいいねこのタビーが、まがぬけているウォンバットに、たんじょう日プレゼントをすることから話が始まります。ウォンバットは自分のたんじょう日がいつなのかも知りません。しっかりもののねずみ君が教えてくれました。タビーはひみつのプレゼントを作ってくれているのですが、ウォンバットはそれが何なのか、知りたくて仕方ありません。タビーが作ってくれたキャラバンを見て、ウォンバットは大よろこびです。取ってきたかたつむりをキャラバンの戸だなに入れ、中でとびはねています。さあ出発。キャラバンは、ウォンバットの赤いしゃりんの自転車に引っぱられて、がたがたゆれます。三人のピクニックが始まりました。

 今週は、学校の「春の読書週間」です。この本をえらんで、ぼくはさっそく、感想文に「ウォンバットはなぜ、ピクニックの事を、ピクピックというんだろう。」と書きつけました。自転車を買ってもらったし、ほんとうをいうと、夏休みには、親友のかっちゃんのところにいきたいし、海にも行きたいと思っているんだよ。お父さんやお母さんは、つれて行ってくれるかなあ。「お金もないし、ひまもない」っていわないでよね。

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2009年5月10日 (日)

お籠り

20090508211906  息子と嫁はんは、ご開帳に出かけました。地域の出し物のためです。だから生来の怠け者である私は、野菜や花に水くれをして、一寸ずつ始めているバードウォッチングをしてから、終日家に籠っております。今週は、不本意ながら(失笑)働いておりました。新人職員歓迎会を職場でしましたので、宴会に出席してから(素面です)、帰りにほぼ満月を激写(?)しました。来年は、確か諏訪の奇祭である御柱祭と思いますので、信州は賑やかになっております。4・5月の期間で、600万の人出ということです。

 「牛にひかれて善光寺参り」という言い回しがありますが、善光寺信仰が、何故普遍的なのかという疑問があります。これは女人に開放されていることが主因と思われます。高野山の女人禁制は知られていますが、善光寺は宗派諸派を問いません。また、男女を問いません。ご本尊が完全秘蔵ということもあります。江戸時代の女人によるお籠りという風習によって、善光寺信仰は普及したということです。という訳で、私も、今日一日家の中でお籠りに入っております。女人ではありませんけれどね(笑)。

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