小林計一郎先生
大分、古い本である(1967年出版の角川文庫)。だが、「観光ブームである。・・・しかし、風光の美しいところほど、住民の生活は苦しい」(p7)と釘を刺している。また、「この美しい自然は、そこに定住している人々にとって、別の意味をもっていることを、考えて見ねばなるまい」と仄めかして、「「山畑や こやしの足しに 散る桜」という俳(廃?)人小林一茶の句を紹介している。信州は、山国なのである。このことが人々の暮らしの基本であることを分かっていない人が多いと思われる。漁猟など、とんと縁のない信州にては、地勢を利用するしかないし、これを乗り越えようと進取の精神を保つしかない。ありきたりの気分では、信州では生きることはできないと思っていてもよい。この本を読んでいて、そういう思いを痛感した。第二に思ったことは、本書が単なる観光ガイドではなく、歴史や資料まで立ち入って言及されていることである。それが本の深みを醸成している。戦争体験者である著者の、松代大本営の件(くだり)での感慨は想像するに然るべきである(p143)。余計なことを述べず、淡々と長野盆地を紹介する著者のスタンスに感銘する。とかく長野県人は、「信濃の国」の歌詞に表象されるような、または万歳三唱されるような狷介、壮語、自賛、睥睨などの悪弊に気が付かない。それに対する滲み出る批判が垣間見えるのである。掲載されている写真も、人々の暮しと表情が活写されていて懐かしい。著者のおもねらない研究姿勢が窺われる著書である。先生のご長寿を願うものである。
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