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2009年3月31日 (火)

鍬と信州学事始

20090331105857  人参の栽培は完全に失敗致しました。発芽は順調でしたが、間引き以降がいい加減でしたので、春まで放置。今日、予め集め置いた乾燥剤(生石灰。常識的には苦土石灰ですよ)を散布してから、備中鍬(当地では、これをビッチョと呼んでいました)で菜園を深耕しました(鍬の代用として、スコップですくい上げて振るい落として土をほぐしても構わないだろう)。備中鍬は、江戸時代に発明されて農業の発達に寄与しました。深耕が可能になり、新田開発が飛躍的に向上したのです。湿地や粘質土の耕作に威力を発揮しました。江戸幕府は、石高(米作中心)によって幕藩体制を維持したのですが、他方では、農民一揆のための武器として、備中鍬は多大な歴史的意義を持った農具です。やがて、耕運機が普及し始めた1960年代後半以降、その役割を終えました。

 来月から、7年に一度の善光寺ご開帳が始まります。地元のことや何十年か前の在りし日の北信州(当地では北信ホクシンと呼称)の有り様を、記憶や記録を手がかりにして信州学事始のカテゴリーを増設して、詳細にローカル描写したいと思います。この50年は激動の時代と呼んでも過言ではありません。自然と風景と生活は様変わりしています。後世の記録のよすがとしたいと思います。乞うご期待。

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