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2009年3月

2009年3月31日 (火)

鍬と信州学事始

20090331105857  人参の栽培は完全に失敗致しました。発芽は順調でしたが、間引き以降がいい加減でしたので、春まで放置。今日、予め集め置いた乾燥剤(生石灰。常識的には苦土石灰ですよ)を散布してから、備中鍬(当地では、これをビッチョと呼んでいました)で菜園を深耕しました(鍬の代用として、スコップですくい上げて振るい落として土をほぐしても構わないだろう)。備中鍬は、江戸時代に発明されて農業の発達に寄与しました。深耕が可能になり、新田開発が飛躍的に向上したのです。湿地や粘質土の耕作に威力を発揮しました。江戸幕府は、石高(米作中心)によって幕藩体制を維持したのですが、他方では、農民一揆のための武器として、備中鍬は多大な歴史的意義を持った農具です。やがて、耕運機が普及し始めた1960年代後半以降、その役割を終えました。

 来月から、7年に一度の善光寺ご開帳が始まります。地元のことや何十年か前の在りし日の北信州(当地では北信ホクシンと呼称)の有り様を、記憶や記録を手がかりにして信州学事始のカテゴリーを増設して、詳細にローカル描写したいと思います。この50年は激動の時代と呼んでも過言ではありません。自然と風景と生活は様変わりしています。後世の記録のよすがとしたいと思います。乞うご期待。

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2009年3月20日 (金)

日本なるもの

32101207  仕事を終え駐車場に向うと、南空の真正面に、「冬の大(正)三角」が輝いている。そう言えば、今朝は梅の花が雨で濡れていたっけ。季節の遷移を感じる。ところで、「侍ジャパン」という呼称は何とかならないのか。これに入れ込む日本人的心性とは何なのか。不快極まりない。国民的スポーツになった野球は見たくない(特に、国粋主義丸出しの某選手が嫌いだ)。日本のスポーツ選手はいつも勝敗のみに拘り、相手の健闘を称えようともしない狭量さが気になる。日本びいきでない者を排斥するような報道姿勢も嫌気がさす。職場でもそんなありさま故、いよいよ「冬の正三角」に見とれてしまった。澄んだ冷気を肺に収めたことである。

 著者の思想的バックボーンである構造主義(エマニュエル・レヴィナス)からする日本論である。自ら明かしているように、「無文脈的に、いかなる根拠も示」(p12)していないので、特段の感想もない。「わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない」(p183)ということなので、自分は「わからない人」に分類されるのであろう。ただし、処々で思い込みを糺してくれる論考もあり、刺激的であったことは確かである。しかしながら、目指すべきは「フェミニンな共産主義社会」(p289)というのは、暴論というよりはむしろ陳腐である。世界の中で最も共産主義的社会(国家)は日本である、と考えている日本人は、結構いるのである。フェミニンか否かは別として・・・。

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2009年3月16日 (月)

韓流ドラマ

07205102  大阪で過した経験が長かったので、コーリアンには親近感がある。大阪東部で生活していたので、空気のように、朝鮮・韓国の雰囲気を感じ取れた。「在日」の方々が当り前のように生活しているのである。チマチョゴリの美しさ(春にはとても似合う)は例えようもない。袖・襟、白、合わせという究極の美を服飾として完成させている。朝鮮の春はレンギョウを始めとする黄色に始まるといわれる。だが、白に拘るその感性は、チョゴリに反映している。朝鮮高校の女子学生が春風になびかせているオッコルムは、何か律動させる風景を醸し出していた。NHKで放映されている「ファン・ジニ」(こちらの方が分かりやすい)を毎回鑑賞している(ために、日曜朝は寝不足である)。これを「ガラスの仮面」と批評する人もいるが、そういうことよりも興味があるのは、自然やファッション・衣装や作られ方の民族的な感性である。韓流ファンが多いのは頷ける。だがこの年では、ハングル文字は読めるが、日常的な意味まで理解できない(逆に、韓国人は漢字を読めない時世ということである)。それが残念である。WBCやディスカバリーよりも、ファン・ジニに嵌まっている今日この頃である。

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2009年3月11日 (水)

怠慢な休日

20090311122650_2 金がないので、終日家で過す。これを「巣籠り消費」というらしい。不況の今、最も嫌われている生活様式である。でも仕方ない、ないのだから。小沢・献金問題(=国策捜査による権力闘争)はどうでもいいから、早く、定額給付金をくれよ、と叫びたい(笑)。鳴り物入りだった地域振興券のように、どうせ景気回復の起爆剤に成りっこないのだから、生活に困っている人に給付してよ、と願いたい。国民(ヒト)のカネで票を買う方が悪質ですね。人の褌で相撲を取る、という諺。子どもの教育上悪いわな、あはは。

 と言っても、じっとしている訳にも行かず、陽光を浴びる川辺に赴いて、蕗の薹を摘んで味噌炒めを作る。昼ごはんを食べると(米と塩・味噌以外は全て戴きものと自家製である)、内田樹が「先進過ぎた」と評した(『こんな日本でよかったね』p125)『オレ様化する子どもたち』(後日言及したい)を読み進めて、案の定、趣味の寝ることにした。合間に散歩もしたのだが、クロッカスは蕾を膨らませ、黄梅(おうばい)は咲き終わりつつあり、いぬのふぐりは可憐に風に揺れていたぞ~い。こんなダラダラした休日もあっていいよね、という心境。

 

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2009年3月 7日 (土)

変な話

32142602  「介護は効率が悪いほどうまくいく」(p182)という項目が、この本の中では印象に残りました。機械的な流れ作業のように、慌しいケアをしている介護施設(士)が多いということは知っておいてよい。排泄ケアをしながら「臭いなあ」と難詰したり、食べ零しで「何してるの」と非難したり、声かけが多いのだが利用者の表情や受け答えを待っていない、問題老人は差し置いておくことなど、列挙したらキリがない。笑顔がなくてもよい、寡黙であってもよい、敢えて言えば、人間が好きでなくともよい。いろいろなタイプの(マージナルな)介護者が多い施設が一つの目安である。仕切っている施設ほどいい施設ではないことは確かである。

20090307153114_2924_2  散歩の中途、麦畑を通り過ぎました。息子との同伴なので、ゆっくりと観察ができない(子どもが散歩に付いて来ること自体が変な話である)。40年程前には当り前の風景である。「麦踏み」や「麦秋」という言葉は既に死語に化している。50年程前の当地では、油・砂糖・塩・酒・菓子など以外は自給自足であった。作りすぎた食べ物は隣近所にお裾分けしていた。助け合っていたのである。それが今では、幹線道路は車の往来が一頻りで、人は車の中に入って移動している。農業の衰退と採算が取れないので、二毛作で忙しかった頃は記憶の彼方に消失してしまった。自分の力で穀物栽培を始めてみたいと、ふと思い付いた。

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