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2009年2月 2日 (月)

忽せない時代

32174809  共同体の崩壊、インターネット・メディアの普及、経済のグローバル化などによって、世界には嘘と擬似やガセネタ(これを総称してカウンターナレッジ=反知識)で溢れかえっている。特に、人間は合理的に行動し、富の平準化が実現するという新自由主義は、この間の経済恐慌によって全くにデタラメであることが暴露された。ネットを検索すれば、ニセ情報や右翼・反動のブログが蔓延している。この本を上梓した出版社のブログでも、とんでもないブログを書評紹介して得々としている。だからと言って、未知なものを否定するものではないが、少なくとも検証可能なものを基準として、とりあえず世界を見て取ることは大切なことだ。反科学なものは即座に否定されるべきだ。反証主義のカール・ポパーは、未だに勢力を保持しているが、反証そのものや反証不可能なものとの境界の不明など、何らポパーの言質が証明されていることでもない。不明なものはアポリアとして判断保留すればいいことだ。テレビを見ている人を観察すると、画面の中では笑っているが、黙して視聴している人がほとんどである。このことは何を意味しているのか。テレビが洗脳手段化していることと批判精神の枯渇である。忽(ゆるが)せない時代ということである。

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