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2008年12月

2008年12月19日 (金)

認知症ケアの土台

32093710  最近思念するのは、技術では人の思いは感得されないが、技術でしか人に思いは伝わらない、ということである。それは、人生の意味の深遠性を意味するものであるのかも知れない。しかしながら、だからといって人がその意味を追求するのをやめることがない人間の性を指し示しているのかも知れない。ハイデッガー流に規定すれば、それは「現存在」の不安を抱えているのかも知れない。あるいは、人という文字が示しているように、人間の共同性や社会性を指示しているのかも知れない。恐らくは、両者を含意しているであろう。そして、必察ソーシャルワーカーとして現に活躍しておられる著者によるこの本は、そうした一面を垣間見せる内容になっている。認知症(痴呆)は病気である。しかし、それだけではない。認知症の人々は、どんどん失っていく現実を前にして、ひたすらに自分の思いを必死になって確保しようともがいている。否、そればかりではない。著者によれば、生活(いき)る意味を周囲に問う存在でもある。その思いを「必察」ケアとして提示しているのである。介護の専門性ということの内容にも、「介護する人とされる人という関係ではなく、互いに思いを察し合う人と人との関係へ」(p167、194、204など)というヒントを与えている。成功事例が多いが、著者は「必察」に答えはない(p106)と戒めてもいる。介護従事者が、介護の土台であるコミュニケーション技術を学ぶのに役立つ本であることは間違いない。

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2008年12月14日 (日)

『新しい介護』

31142932  しばらくブログ更新を怠ってしまった。年の瀬にかかりつつあり、私事の忙しさもあり、子供との付き合いもありと、何かと気ぜわしい毎日だったからです。年始は久しぶりに休みということもあり、より沈潜しようと計画しております。

 で、この『新しい介護』ですが、そんな日々でも、介護についてのおさらいとして、分厚い辞典のようなこの本を、少しづつ見直しておりました。既に読んでおりましたが、三好春樹氏の集大成とも思われるこの本を血肉化するために、再読致しました。医療や看護とは異なる介護独自の専門性を提示したこの本は、よく分からないが、売上は10万部を超えているほど著名になっている。介護の現場では、利用者本位と謳われながら、未だに医療の下請けとして、あるいは虐待や強制が行なわれている。だからこそ、介護の技術や生活の主体としての人間像を具体化することが求められているのである。個人的には、フロイトの引用や母性の論理的展開には違和感を拭えない箇所もある。また、一般的には、食事介助は麻痺でない側(つまり健側)からの介助とされているが、この本では麻痺側になっていることが未だに理解できない(あるいは間違っているのか)。しかしながら、随所に介護についての箴言もあり、その先駆的な・叩き台的意義を持った著作であることは間違いないだろう。

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