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2008年8月 1日 (金)

『軋む社会』その2

20080717102616  朝晩はやはり凌ぎやすいです。このところは、仕事で心身ともにへとへとです。

 『軋む社会』を大雑把に要約すると、①90年代後半以降の非正規雇用(格差)の増大に伴い、苛烈な学歴社会が招来している②日本社会では、仕事、教育、家庭の三つの格差が顕著になっており、一刻も早い多面的な対策が必要な段階にある③グローバル化の進展、産業構造の変化、価値・文化の多元化・多様化を特徴とするポスト近代社会では、ハイパー・メリトクラシー(訳のわからない超人間力)が台頭して、多くの若者を不安に陥れている④この対策として、「柔軟な専門性(flexpeciality)」という概念とそれに基づく施策(専門高校の復権)が有効である⑤日本の若者間では、やりがいの搾取に基づく「働きすぎ」が拡大している⑥若者の労働市場においては、現実と言説との二重の排除が進行している⑦若者のナショナリズムの高揚が指摘されているが、こんなものは嘘っぱちである。むしろ、検証すべきは、政治家やマスメディア(年長世代)である⑧だから若者よ、諦めることなく、考えながら動いて社会の軋みを糺す力を貸してほしい、ということである。感想として二点ある。一つは、日本の教育体制として、普通科教育が占めていて、専門教育が疎かにされていることである。個性化・多様化を称揚されながら、一面的な教育を強制されていて、将来の職業に通じていない。職場体験も、公共事業やサービス業に限定されている。親はほとんど労働者なのに、そこでの職場体験をさせない(労働実態を隠している)。また、専門教育の復権と言えども、そこから複線的にも選択できるように教育体制を開いておくことを忘れてはならない。「柔軟な」という言葉にも意味があるのである。二つ目は、p152~p155で指摘されている点である。現代日本における低賃金・雇用の不安定性や過酷な長時間労働や閉塞的な労働などの原因である。ここで「グローバルな経済競争の激化」とだけ抽象的に指摘して終始する論者が多い。無論、それが間違いないにしても、著者は、「働かせ方に関して、雇う側のフリーハンドが大きすぎる」として、これに対抗する必要性を訴えていることである。2003年(小泉内閣時)、財界の意向に沿う労基法や派遣法の改悪によって、長時間労働やサービス残業や派遣労働環境の劣悪化が進行している。秋葉原事件は、その中での双方にとって痛ましい事件であった。これらに対する粘り強い広範な共同の闘いが組織される時期であると思う。

 

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