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2008年6月 6日 (金)

神なき時代

20080604162753 声は聞けども姿は見えず、という訳で、夏を呼ぶ郭公の声が近隣で鳴り響く今日この頃です。播種して以来、ニンジンの芽が十日目にして出ました(画像の手前側)。昼間はコムクドリの営巣を眺め、夜は、男子バレーの豪州戦を一家で応援する羽目になった一日でした。あと、アラフォーね(笑)。

32057960 『不可能性の時代』は、かなり骨の折れる読書だった。骨格は単純であるが、論述の肉付けが込み入っていて、付いてゆくのが大変であった。①「理想の時代」1945~70、「虚構の時代」1970~95、「不可能性の時代」1995~という社会学的時代区分、②不可能性の時代についての回答と実践的示唆、③キーワードとしての「第三者の審級(=神)」論、に要約されるであろう。エポックメイキングな事件や小説・映画・ゲームなどを題材にして河合流に意義付けしていく、ハヤリの学者然というやり方は、どうも抵抗を覚える。だから、上の時代区分も腑に落ちないことになる。とまれ、第三者の審級(神)なき時代をどう生きるのか、という問題に果敢に挑戦する気概を感じる。それが成功しているかは、読者の捉え方次第。「活動的な民主主義」と<他者>への接続の可能性については今後を待たねばなるまい。ヨブ記を読み直してみよう。手探りは続く。        

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