« 『若者を見殺しにする国』 | トップページ | 野沢菜の油炒めごはん »

2008年2月19日 (火)

戦争責任について

31700539  ついでに、当の丸山真男を読んでみた。彼が戦後知識人の泰斗であることは疑いべくもない。彼は、日本ファシズムを「無責任の体系」と規定し、タコツボである日本には座標軸にあたる思想的伝統がない、として福沢諭吉研究に迷い込んだ。吉本隆明の丸山批判は、吉本思想の真偽はともかく、戦争体験分析を基底として展開されているが、これは戦後知識人のみならず、戦後社会を形成した人々を総括する上で重要なことだ。一兵卒以外の戦争体験談を読むと、いくつかの共通点が見受けられる。①体験そのものではなく、いきなり天下国家を論じる、②生存したことの後ろめたさで論じる、③明治以来の叩き込まれた妄念から論じる、④仲間の話が多く、責任を他者に転嫁して自己正当化する、⑤戦争に反対し、殺された人々に対する畏敬の念がなく、反共である、など、総じて戦争責任を回避し、体験を押し隠しているということである。だからこそ、戦争を唱導した人物が戦後日本の政界のトップにも躍り出たと言えなくもない。また、特高や憲兵であった人物が、政治家や官僚や財界人などとして、ぬくぬくとして戦後社会の中枢を担うことにもなった。こうした研究は今もって詳らかになっていない。戦争体験記の渉猟と戦争責任の追及は今もって終っていないのである。一兵卒に殴られる自分は何なのか、という自分の切開なくして丸山の謂う「主体の確立」もないのである。また、赤木智弘氏の問題提起は何度も生起するのである。

|

« 『若者を見殺しにする国』 | トップページ | 野沢菜の油炒めごはん »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/527456/10614443

この記事へのトラックバック一覧です: 戦争責任について:

« 『若者を見殺しにする国』 | トップページ | 野沢菜の油炒めごはん »