« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月26日 (火)

なんだかなあ

31991541  耳鼻科の受診後、ちょっと本でも読もうかな、と思って書店に立ち寄る。棚を丹念に眺めたが、どうも買いたい本がない。同じ所を何度も往来する。仕方なくあきらめて購入した本がこれ。その後、あれやこれやの野暮用をして家で内容を確かめたらがっかり。買って損した。でも、これなんかまだマシな方。書店には読みたい本がないのだ。売れてる本、テレビやマスコミで評判の本、新刊書、ケータイ小説、反動・右翼の本で書棚が埋め尽くされているのだ。山本夏彦の企画フェアなんかあって、一体誰がそんなの読むの、と疑問符をつけられる書店であった。これじゃあ、全国の中小書店が雑誌やコミックに傾斜して、益々本が売れなくなる訳だ。出版編集者に問う。そんな人脈しかないのか。見つけてきて育てる力がないのか。これが今の日本の出版界の実状だろう。

00009066_c_ronza200803  仕方ないので、以前手に入れた『論座』3月号を捲る。『論座』を購入したからと言って、別に「朝日」に入れ込んでいる訳ではない。「朝日」は東大出身者が多いから、必然的にその学閥の寄稿者が多くなる。ここでも同じである。つまらない記事が多い。データや東大とは外れた論者の論点を拾うのに役立つにすぎない。ポスト・ロストジェネレーション特集が眼についたので購入したが、それを読んでみるとハズレである。だから、他の記事を読んでみる。すると、当たったり外れたり。こんなもんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

野沢菜の油炒めごはん

20080226134124 妻子がいない休日なので、昼ごはんを自作。チャーハン風に野沢菜の油炒めと目玉焼きごはんです。野沢菜は、信州漬物の代名詞とされています。一般的には、シャキシャキした緑鮮やかな浅漬けが好まれるようですが、地元では、べっ甲色の古漬けもよく食されます。酸味が出てきたからといって捨てるのはもったいない。実は、この乳酸発酵したことによる美味しさも格別です。そして、これが米・卵・肉になじむと美味しさ倍増です。ちなみに、地元では「お菜」または「お葉漬け」と敬意を表して、野沢菜とは一般的に呼びませんでした。また、油炒めは「おやき」の具としても人気です。野沢菜漬けは、1970年代頃までは家々で漬けこまれ、その風景は初冬の風物詩でした。しかし、バブル経済の到来と共に消失して、地元でも購入する漬物と成り果てました(食の均一化)。さらに野沢菜漬けは、それぞれの家庭の味があったとは言え、基本的には塩と唐辛子のみで漬け込むのがよろしいかと(菜の旨味)。合成保存料や人工着色料添加のものは邪道でござりまする。したがって、地元での消費、もしくは製造所直販がよろしいかと。ごはんをお代わりいたしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

戦争責任について

31700539  ついでに、当の丸山真男を読んでみた。彼が戦後知識人の泰斗であることは疑いべくもない。彼は、日本ファシズムを「無責任の体系」と規定し、タコツボである日本には座標軸にあたる思想的伝統がない、として福沢諭吉研究に迷い込んだ。吉本隆明の丸山批判は、吉本思想の真偽はともかく、戦争体験分析を基底として展開されているが、これは戦後知識人のみならず、戦後社会を形成した人々を総括する上で重要なことだ。一兵卒以外の戦争体験談を読むと、いくつかの共通点が見受けられる。①体験そのものではなく、いきなり天下国家を論じる、②生存したことの後ろめたさで論じる、③明治以来の叩き込まれた妄念から論じる、④仲間の話が多く、責任を他者に転嫁して自己正当化する、⑤戦争に反対し、殺された人々に対する畏敬の念がなく、反共である、など、総じて戦争責任を回避し、体験を押し隠しているということである。だからこそ、戦争を唱導した人物が戦後日本の政界のトップにも躍り出たと言えなくもない。また、特高や憲兵であった人物が、政治家や官僚や財界人などとして、ぬくぬくとして戦後社会の中枢を担うことにもなった。こうした研究は今もって詳らかになっていない。戦争体験記の渉猟と戦争責任の追及は今もって終っていないのである。一兵卒に殴られる自分は何なのか、という自分の切開なくして丸山の謂う「主体の確立」もないのである。また、赤木智弘氏の問題提起は何度も生起するのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 8日 (金)

『若者を見殺しにする国』

Photo01  赤木智弘氏の著書を読んでみた。十年ほど前、とあるテレビの討論番組で、某高校生が「なぜ人殺しをしていけないのか」という意見に、居並ぶパネラー達は二の句がつげなかったという事件があった(偶然見ていた)。この事件は、しばらくは言論界に波紋を呼んでいたが、今回も、多くの学者・知識人・左派は黙殺するか、見当違いや言い訳に終始することになるのかも知れない。「カネをくれ」「仕事をくれ」というポストバブル世代の要求(実は、この私も派遣労働した時期があり、その現実を目の当たりにした)の刃は、見殺しにする国家・政府に向けているのではなく、左派や学者・知識人を直撃している。批判対象がずれているにも拘らず、それでも左派・知識人はこの問いに真摯に回答しなければならないことは明らかである。平和(と戦争)の問題、世代間の格差問題、若者論など問いは錯綜し派生するが、こうした問題は、左派・知識人の力量を試すものとなっている。彼が真に望んでいることは、具体的な現実変革であり、「正しい平和」であることは言を待たない。「戦争」という字句に直対応しているばかりでは何の解決にもならない。

 一年ほど前、朝日新聞の「声」の欄に投稿したことがある。年金問題が話題をさらった頃である。殺到する年金世代の、窓口職員に対する悪口雑言を批判する意見であった。嫁はんがパートで働いていたのである。私の意見では、払うに払えない無年金者や若者・女性所得者の実態にも触れていたが、早速電話取材をかけてきた朝日記者は、年金問題(世代)の怒りのみ問うものであった。案の定、投稿は無視された。あからさまに言えば、現行年金制度は、貧乏人が益々貧乏になり、金持ちが益々金持ちになるシステムである。世界の総資産は1割の人が99%を独占し、日本の総資産の7割が60歳以上が占有している実情をどうお考えですか。一矢を報いるこの本は、ほぼ無視されると思いますが(笑)、どうしても読まなければならない本でした。これも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

農=食を考える

31341933  雪が降り続ける休日。家にこもってゆっくりと過す。「身土不ニ」「地産地消」「旬産旬消」「フードマイレージ」を推奨している山下惣一氏の本を読了。Uターンして驚いたことは、ロードサイドの郊外型大型店や美味しくもないラーメン店が居並び、すっかり車社会に姿を変えて、車の隊列がそれらの店に飲み込まれてゆく姿を現認したことだった。農地は食い荒らされ、農夫の姿もまばらだった。今の70代の農民が命脈が尽きるこの十年、二十年は、同時に日本農業の命脈が尽きるのかも知れない。

 グルメの紹介で赴いてみても、行列の割合には概して旨くはない。味付けが濃い。素材の旨味がない。肉中心で野菜が少ない。人工調味料の奇妙な味がするなどなど、数え上げたらきりがない。テレビや広告で宣伝されているサプリメントの類いは、意識が逆転している。農・食の破壊は続く。自分の食い扶持(食料)は自分で生産するしかないのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »