メタバースに関するメモ
休養のついでに、図書館から拝借したメタバースの関連本を二冊、通読してみた。『図解まるわかり メタバースのしくみ』(A)と『図解ポケット メタバースがよくわかる本』(B)とである。ネットリテラシー(ネットを使いこなす能力)が著しく欠ける自分が、何故にWeb3.0時代のメタバースについて併読してみたかは、図書館での書棚にただ並んでいたからに過ぎない。ほんの好奇心に因るのである。ほぼ偶然の仕業なのである。以下の考察もまた、(もし)有用ならばこれを奇貨としなければならないことだろう。が、なかなかそうはゆかないのは自明なことだろう。でなければ、こんな古き良きWeb2.0時代のブログなんぞに固執していること自体、時代遅れも甚だしいのである。それまではPCやガラケーを使用していたに過ぎず、スマホ歴もほんの1年に過ぎず、それも検索中心に利用するだけで、記録・保存媒体としてガラケーに未だ依存している始末なのである。スマホになると、やたらにGAFAMなどの巨大テック企業に個人情報や位置情報の同意を請求され、収集されてばかりで、何とも憤懣やるかたない。プライバシーの危惧や監視社会の閉塞感を覚えるのである。また、消費動向を探られてビジネスの餌食とされるのがいやらしい。
そこで主題であるが、Bによれば、メタバースとは「自身のアバターが活動できるインターネット上の仮想空間」(p8)であり、Aによれば、Web3.0とは「ブロックチェーン技術を活用した、インターネット上の新しい分散型世界」(p55)ということで、GAFAMを嫌悪して、できる限り分散しながら利用を手控える自分(個人)にとって、好都合な世界となるではないかと期待感はあるが、そんな「うまい話は世の中にはない」のである(笑)。一時期(小学生から)人気一番の職業としてYou Tuberがいたが、今や広告収入は激減してオワコン説が流れている。時代には栄枯盛衰が不可避なのであるが、それでも幾多のプラットフォーマーがWeb3.0の時代にも参入するのは見えている。鵜の目鷹の目の競争が熾烈になるばかりなのである。だから、メタバースの可能性としては、ゲーマーや分散型のSNS、暗号資産とNFTを利用したビジネスなどを期待する層への広がりしかないのではないか。現実的に考えれば、ゲームやSNSの利用で生活の4,5時間割かれ、メタバースで更に小一時間を割かれることになれば、人々は経済生活が荒廃して貧困を余儀なくされるからである(これも)。貧乏で一生を終えることになるのである。
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