2020年7月 2日 (木)

絶望を希望に変えない経済学

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 偶然、昨年のノーベル経済学賞(偽のノーベル賞である)を受賞したという新刊本を図書館で見かけたので手にしたのだが、期待外れだった。表題とタイトルにも違和感を覚えたのだが、全くもって経済学が無力であることが分かった次第である。彼らの経済学は有害無益であるとも言えよう。アマゾンを覘くと、何とビル・ゲイツが「今夏必読の5冊」に選出と推奨しているらしい。こりゃあ、ダメだと思ったものである。著者の結論は、世界の二極化即ち相入れない分裂した世界という認識に立ち、その危機意識は正しいのだが、その解決策が疑わしいのである。世界の二極化は、根本的には欲望に根差した世界的な経済的格差を招来しているのだが、それに対する回答がよい経済学であるというのが間違っているのである。よい経済学はなぜ悪い経済学と闘わないのか。現実の経済は悪い経済学が席巻しているのである。著者もまた、「よい経済学だけで人々を救うことはできない」(p467)との言辞や「経済というものは硬直的である」(p138、465)とも吐露しているのだが、やはり経済学に一縷の望みを抱いているのだろう。著書の基調には、全体的にはヒューマニズム(p467)とアメリカ経済との関わりの中での開発経済学としての立場が一貫しているのであって、結論もまた良心的な落としどころなのである。経済と経済学の成長神話に対する批判はあるものの、それに対する根本的批判はなされていないのである。今や経済学の中心はアメリカであり、アメリカの経済学者がノーベル経済学賞を数々受賞して領導している。そして、彼らの拠点もアメリカであり、MIT(世界一位、二位を争う大学と喧伝されている)のフォード財団支援の教授ということだが、かてて加えてノーベル経済学賞の「栄誉」とゲイツのお墨付きをもらうような学者に何か意味があるのだろうか。とはいうものの、富の集中問題やシリコンバレーのハイテク技術などの言及には多くの示唆を得たことである。
 本日は終日、遅まきながら、黙々と孤独に、梅仕事(梅の甘酢漬けや梅干し作りの前段作業)に関わったのだが、一つ一つの梅を採取してアク抜きした梅を愛おしく確認しながらの作業であり、不足分の赤紫蘇を購入したり、漬物桶を日光浴させたり、田んぼの水位を確認して雑草対策を案じたりで忙殺された一日であったのである。

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2020年6月17日 (水)

民衆の革命戦略

2020061415090000 14日の午前に田植えが終了する。梅雨模様なのだが、昨日から晴れ上がり、植え直しをしなければならない。米作は、米という漢字に象徴されるように、八十八手の手間が必要である。昨年の稲株を畦に寄せて、苗に太陽光を供給する作業や水抜けがない様に畦塗りを補強する作業など、することが多い。一人で行っている以上は、作業の段取りを頭の中で予定しているのである。
 ところで、数日前の信濃毎日新聞で、世論調査の結果でアベ内閣の支持率が2割弱だったことが話題になったのだが、これは至当であろう。全国紙(中央紙)の4割支持という結果は都市ならではの話なのである。未だに自民支持層は地方(田舎)だと勘違いしている人がいるが、むしろ都市の方が多いのである。この事実は議員数とマスメディアの報道を見れば、一目瞭然である(テレビ番組の劣化は甚だしい)。時代の逆行を表示しているのである。
 そのことを指摘する寄稿が、先日信毎でも掲載されていたので瞠目してみた。新型コロナ禍をめぐるアタリの論考である(ちなみに、この寄稿は、ロイター=共同の配信なので、信毎独自のものではない。ETV特集でも町山氏の放送批評はとても参考になる)。そこでは、「命を守る経済」のために、六つの重大な転換が起こると予言されている。J.アタリは、文明批評家としていくつか的中した思想家としても著名である。内容は、既にこのブログ記事の中で何度も指摘したことである(例えば、これなど)。「①距離ーリモートワークの可能性と都市在住の不必要性②生き方-欲望の経済から命を守る経済へ③普遍的利益ー利潤を目的とした資本主義社会から利他社会へ④透明性-情報の独占から民主主義の手段としての情報の透明性へ⑤未来に備えるー将来の脅威を回避するために命を守る経済へ⑥世界の一体性ー市場のグローバル化から道理や正義の民主的グローバル化へ」である。アタリは人々が少しずつ気付きつつあり、やがて民主的に一般化すれば、大いなる展望が開けることを予想しているのである。しかしながら、このような方向転換において、どのような主体と方法が採用されるべきかが明瞭にされていないが、一部暗示はしている。「私たちはあらゆる戦略を用いてあらかじめ敵を知り、戦いを優位に進められよう」と。このことはマスメディアを媒介する人々(都市在住の一部インテリ・知識人・芸人)に期待するべきではなく、民衆の中から個々の思慮の連帯から始めるべきであると了解している。

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2020年6月12日 (金)

尊大な奴隷

2020061117100000  昨日の大雨で県下は入梅となった。調整しながら田に用水をかける。周囲はすっかり田植えを終えていて、静かな里山風景となっている。その季節となれば農民は、例年のルーティンの作業をする。怠け者の自分は、遅ればせながら追随しているばかりである。
 実体経済と異なる株式市場は急落している様である。コロナ禍というショックドクトリンを利用して、新自由主義市場経済は、国家統制と規制の緩和と称して「自由に」市場に委ねることを一応の方針としているのだが、一歩進んで、強欲にも国家財政を大胆に蚕食しているのである。経産省と電2の癒着はその証左である。アメリカの黒人差別抗議運動は、トランプ大統領を直撃して拡大している。死亡したフロイド氏の姪は、「『アメリカを再び偉大に』と言う人がいるが、いつアメリカは偉大だったのか」と訴えている。日米を比較すれば、日本人は尊大な奴隷であると言わねばならない。これほどのアベ政権の失政がありながら倒壊しないのが不思議である。
 近代の終焉と言われて久しいが、近代の人間中心主義は、現代においては、情報通信技術の発達(IT革命)と生命科学の進展によって、社会「変革」と人間改造は飛躍的に増進しているのである。ここにはパラドックスがある。資産家だけが人間であって、それ以外の者を非人間的に管理と統制を強いる体制である。これはM.フーコーが示唆したことである。また、新自由主義思想は何ら民主主義を必要とせず、グローバル化に伴って国民国家を侵食してゆくのである。アメリカの病は解決せずに、抗議運動は人種差別や経済格差問題などで繰り返されて、「アメリカの終焉」(J.アタリ)となるのかも知れない。これは中国も例外ではない。帝国主義国家とスターリン主義国家との対立の中で、世界は多様化しつつ崩壊してゆくのかも知れないが、その先には、非対称な監視された一元的世界システムが現出するのだろうか。それとも、人々が強盗たちを非対称的に強制して共同性を志向してゆくのだろうか。この10年の、2030年代までの民衆の課題と言わねばならない。
 

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2020年5月27日 (水)

アナキストの叫び

2020052710000001 午後、居室で読書しながらつらつらと思っていると、カッコウの鳴き声が響いている。季節が来ると自然はそのように対応している。自然は偉大である。人間とは異なるのである。現代の人間がいかに反自然であることを痛感する。農事とは自然と連関する職業であるが、人間界に生息すると、本当に息が詰まる。午前中に図書館に伺うと、職員に規則を命じられて借り出しができずに帰宅する。徒労だったのである。一事が万事で疲弊困憊してしまうのである。このことはコロナ禍である所為でなく、元々そうだったからである。テレビを視聴すると、愚かなMCやコメンテーターや芸NO人など、呆れ果ててすぐにスイッチをOFFにする。読書しても、愚にもつかない著者ばかりで読む気が湧かない。仕方なく庭に出て野菜の育ち具合を観察する。また、気儘に午睡したりして一日を無為に過ごす。コロナ禍での「新しい生活様式」と命じられてみても、そんなことは自分にとって当たり前であって、むしろどんどん外出したいぐらいである。近年は自宅に閉じこもるのが日常であったからである。自宅か田畑か職場かという「晴耕・雨読・曇勤・雪見」の生活が日常であったからである。外出はおろか、店舗にも滅多に出かけない日常であったから、逆手を取って出かけてみようかなと挑発したいくらいである。政治も経済も生活もバカバカしいことこの上ない。頭がどうかしてしまうのではないかと不安になっているくらいである。政治にまともに取り合っているのもバカ、経済が大事だと言って金の心配をするのもバカ、日本は成功事例と自慢しているのもバカである。人間を脱ぎ捨てたらいいじゃないか。国に奉仕して、社会に貢献し、人類愛に目覚め、意義ある生活を送り、・・・、ああバカバカしい。こんな嘘ばかりで苦し紛れの生活はタクサンだと思えないか。ただの奴隷じゃないか。金子文子は、その尋問調書の中で、「地上は今や権力という悪魔に独占され、蹂躙されている」と暴露し、「現にあるものをぶち壊すのが私の職業です」と死地に赴いている(『狂い咲け、フリーダム』p147,152)。学校で使われる検定済み歴史教科書はでたらめである。はしなくも、それは「戦争と革命の歴史」(権力闘争)となっているが、民衆にとっては何の意味がないのである。だから、NHKの大河ドラマは民衆を慰撫するものでしかないのであり、件の局の、そんな輩(古関)に『エール』も受けたくもないのである。

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2020年5月22日 (金)

帝大と権力志向

2020051617240001  前回の投稿で、検察庁法改悪法案の強行採決であろうという私見(予想)について、誰かと違い、素直にお詫びしたい(笑)。珍しく(?)外れてしまったのである。やはりアベ内閣の無理筋の強行は国民の不評があり、検察当局との暗闘などが絡んで、一旦退却して宿願の憲法改悪へとシフトしたいという狙いがあると思われる。世論の勝利と断じるのは、そうは問屋が卸さないというところであると思う。国家権力は国民を篭絡するには余りにも狡猾であるのは確かと思われる。むしろ、文春は利用されたのではないか。別に、腹黒川にこだわる理由もなく、行く行く賭けマージャンは暴露されると判断されたからに他ならない。「政界は一寸先は闇」という言葉があるが、これはその世界に所属する人間の慨嘆である。庶民からすれば闇ではないのであり、むしろ自分たちの希望なのである。
 賭けマージャンについては、経験者は多いのではないか。ゴルフや(高校)野球やサッカーなど勝負に関わるスポーツではよく行われることであり、検察(権力)への期待も止めにした方がいい。この人たちはグルである。舌鋒鋭いと言われる郷原もゴニョゴニョ、家族ぐるみの付き合いだったという若狭も涙目。新聞メディアもグルであることが判明しているのである。あの大学卒業生は権力志向が極大であり、庶民からしたら、廃校にした方がいい。支配階級の二世、三世のたまり場なのであり、やはり、50年程前の「帝大解体」であったのである。彼らは変り身も早いことも覚えている。
 夕刻、絹サヤの移植中、カッコウの初鳴きを耳にして、田植えの準備を急がねば、という思いである。

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2020年5月17日 (日)

遍満するナショナリズム

2020051617250000 曇りから雨模様の一日。久しぶりの休日を自宅で満喫する中で、先日播種したポットの様子を眺める。絹サヤは、またの名はサヤエンドウである。連作と酸性土をとても嫌い、施肥の要領が難しく、病虫害も出やすいので、とても栽培が不得手である。しかしながら、何とか今年はいい成果を望みたいところである。ここ数年夏場に栽培しているのだが、多少の収穫のみで、播種して芽が出た頃には鳥の餌になったり、酸性度が強くて生育が乏しかったり、やはり当地では越冬栽培が慣例なのかなと思ったりして創意工夫と試行錯誤をしているのだが、これといった解決策は今のところ見当たらない。これも自分の独善的な農業である所為なのかもしれない。

 世の中は新型コロナの話題で 遍満しているのだが、どさくさに紛れて提出された検察庁改悪法案に対して、珍しく一部芸能人も反対の声を挙げている。この間のコロナ禍に対する政府の失政と遅政は隠しようもない。オリンピック開催に拘っての新型コロナに対する認識の甘さ、アベノマスクや10万円給付などの遅滞、検査制度の構築や検査数の緩慢など数え上げたらキリがない程である。さすが「国民の生命と財産を守る」と豪語する自公政権である。この政権はもっともっと続行するべきである。
 それにしてもこの政権の成果は一体何があるというのか。2007年の年金記録問題を解決できなかった自公政権が、現在もまた飽きもせず継続している現実をどう見るかという問題である。「♯検察庁法改正案に抗議します」というTwitterトレンドが一位になろうが、残念ながら、二重の意味で大勢は変わらないと思われる。それは単なる抗議に他ならず、政権側はこれを無視して強行採決するのではないか。元々、Twitterを使用している者がそれ程いる訳でもなく(世論というのには程遠い)、数の水増しという疑惑もある。また、政権側は自らの保身もあり、国民を見くびっていることもある。その根底には、ともすれば政権側と国民側とのゲーム性が潜んでいるのである。各報道機関による内閣支持率4割の調査がよく発表されるが、これには信憑性がない。自分の家にも調査の電話が入った実体験があるが、平日の日中では、のんびりと応じる訳にはゆかない時間帯である。半分の無関心層や繁忙の人や反対の人ならば、峻拒するか、不快な質問のために中断するのが当然である。だから、半分の、またその4割ということから、支持固定層は2割しかいないのである。国民の8割はアベ内閣を積極的に支持していないのである。
 もう一つの問題とは、自分が国家の奴隷であると自覚しているかどうかである。「まともな国民」としての批判ならば誰にもできるだろうが、それでは国家権力とは対峙できないことは自明である。その有り様を見て国家の側は「真正な国民」を侮り続けるであろうということである。80年代以降の右傾化は、思想的には新自由主義を標榜して市場主義経済となって世界的潮流となっている。しかしながら、いかにグローバリズムが進展しようとも国家が消滅することはない。むしろ、ナショナリズムの回路はあらゆる分野で強化され、遍満しているのである。そのことを自覚した時に政権は倒閣されるのである。この間のコロナ禍と検察庁法改悪法案の国事を見て、そんなことを反芻するのである。

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2020年4月27日 (月)

都会の若者たちへの手紙

2020020110460000 「拝啓 お元気ですか。コロナ禍で社会が混乱し、日常生活が閉塞しておりますが、いかがお過ごしでしょうか。さて、今回手紙を出すにあたって、多少のアドバイスをして、あなた方の人生行路に資することを願っております。コロナウィルスの蔓延で、政府の不作為やマスコミ報道の錯綜などで不安な日々となっていますが、これらに惑わされずに、戦時のような国家統制と宣伝にも警戒しつつ、自分の力を信じて全力で対処してもらいたいと思っています。
 1、対処方法
 基本は手洗い消毒、マスク着用、人との接触をできるだけ避ける(外出注意)の三点に尽きるでしょう。コロナウィルスは人(宿主)との媒介で生息するものだからです。歴史的に人類は、ペスト、コレラ、スペイン風邪、インフルエンザなどの災禍を何度も経験していますが、新型コロナはこれまでの最大級のものとなっています。したがって、自分で熟慮して冷静に且着実に判断する必要があります。山中教授のHPを参照してみてください。
 2、生存の戦略
 コロナウィルスの蔓延は世界経済に多大な影響を及ぼしています。これからの生活において、客観的に、数ヶ月で解決するものではなく、2~3年の災禍となるのは覚悟しておくべきでしょう。この時、漫然と無為に過ごすのではなく、自分の将来設計をよく練り上げることに注力するのが大切であると思われます。テレビ報道やネット情報に一喜一憂することなく、読書を取り入れましょう。
①PCスキルの向上、今までの勉学の復習、自給自足生活への転換、他の資格取得、必要とあらば転職の方策を練るなど、情報リテラシーの獲得と活用をして、有意義に過ごすのがよいと思います。危機をチャンスに転化することです。これからの時代はとても厳しいものになると認識する必要があります。しかしながら、若ければできることです。
②今の生活を維持していくために、あらゆる方策を講じる必要があります。生き残るために何が必要か、何をしなければならないかを考えて、実行することです。これは同時に、自分のことを客観的に見ることができるかということでもあります。生きるために仕事をして生活費を稼ぐことですが、欲をかき過ぎず、生活費の中で賄って節約と節税に努め、自己管理を徹底することが求められます。総収入の三分の一は家賃、三分の一は生活費、残りは将来資金という「三分の一原則」を遵守して、華美や贅沢を控えることです。
③心身の健康保持に努める必要があります。今回のコロナ禍では、体力・免疫力が生存にとって不可欠です。罹患しても、それらがあれば生還できます。食の大切さを再認識して、しっかり食べて心身を健全にしてください。健康第一です。
④将来と火急の時のために、無難に手元資金(貯金)を残してください。お金が全てではありませんが、将来に備えることです。これが自分が生き抜く基盤(自立)となります。そのために、行政の支援を活用することです。面倒がらず、良く調べて申請して補助を受けてください。至当な市民の権利でありますが、黙っていれば行政は何もしてくれません(申請主義)。また、行政や施政者をむやみに信用してはいけません。声を挙げて批判して要求することが市民の権利であることを忘れてはいけません。主権は我々にあり、彼らは奉仕者であるからです。更に、芸能人やスポーツ選手や学者などにも気をつけてください。彼らは我慢と絆ばかりを要求するだけで(同調圧力)、我々の実生活においては、彼らの放言は無益であることがほとんどです。地方出身者は、沈静化の後にUターン帰郷するのがよいでしょう。都会は死ぬために行くようなものです。他方、都会の人々は地方移住を考えるべきでしょう。なぜなら、都会こそ「三密」そのものだからです。
 以上、老婆心ながらアドバイスを致します。健闘を祈ります。生き残ってください。                      敬具」
※左上の写真は、本年2月1日の上野・アメ横商店街の様子です。 

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2020年4月17日 (金)

コロナ人災中にあって


 
 しんみりしているが、強さをも感じる動画である。危機の時代にあっては、人の命や人生など、失ってはいけないもの・ことがあることを思う。杏のSNSによれば、その意図は少し違うようだが、国家による人災は、人々にとって最大の災害であることを再認識するものである。
  『教訓1』の中で加川良のメッセージは、命・人生の一回性の視点に基づいて(当たり前!)、国家の企図からの遁走を推奨する反戦歌である。
  死んで神様と 言われるよりも
  生きてバカだと 言われましょうヨネ
  綺麗事 並べられた時も
  この命 捨てないようにネ
  青くなって 尻込みなさい
  逃げなさい 隠れなさい
という4番の歌詞に、そのエッセンスが凝縮されている。
 杏はまた、3番の歌詞の一部を、
  腰抜けヘタレ ひ弱で結構
  どうぞ何とでも こう呼びなさいヨ
と改作しているが、これがいかにも彼女らしい。「女のくさった」という差別的表現が許せなかったのだろう(「男になれと」が残されたのが残念だが)。「バカ」「腰抜け」「ヘタレ」「ひ弱」と真に自認することほど難しいことはないが、歴史の偉人たちはそのことを痛烈に訴え、対して現今の政治家や官僚どもは、一部を除いて、その正反対のことを成しているのである。

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2020年4月 3日 (金)

自然の変移と人間

2020040316590001  人事は停滞しているが、自然は待ってくれない。わが家の桜は四分咲きであるが(3月27日開花)、長野地方気象台日本気象協会(長野支部?)による昨日の桜の開花発表には違和感がある。長野市城山の標準木はソメイヨシノであり、標高がやや高く、巷間では既に開花しているからである(満開の所も散見する)。とても人の感覚とずれたものである。また、桜ばかりが注目され、ひばりの初鳴き、燕の飛来、梅の開花、モンシロチョウの初見などや農事暦への注目などがなくなり、天気予報は天気図や気温・湿度や降水確率の数値(データ化)を気象予報士が解説してばかりで、人間の五感と皮膚感覚や目視による自然観察による変移に人々は鈍感になってしまっているのである。夜空は宵の明星と昴(プレアデス星団)が接近して、冬のオリオン座が西に傾いて春の予兆を知らせている(これも)。そして、中央上に月が遠望できる桜の写真(左上)が、わが家の桜の状況である。
 新型コロナウィルスの蔓延は、自然からの反逆との様相を呈し、温暖化や資源枯渇、欲望の肥大と文化・文明の衰退などに対する人類への警告とも言えるだろう。「一世帯に二枚のアベノマスク配布」の政策は、天下稀代の愚策である。東大卒が多い官僚の提案ということだが、官僚と学者の愚昧は、2011年の東北大震災において既に証明されており、懲りない面々である。まして、アベ内閣の生みの親である小泉元首相の退陣勧告もまた笑止千万である。目糞鼻糞、同じ穴の狢というものである。小泉は逃亡の履歴があり、アベもまたしかりである。アベノコトバに「躊躇なく」「総力を挙げて」「まさしく」「しっかりと」などあるが、嘘つきのほら吹き話である。国家もまた人々に幻想を抱かせているのである。

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2020年3月29日 (日)

一体、何なのか。

34016954 新型コロナウィルスが猖獗を極めている休日。昨夜からの降雪で桜の蕾は重苦しく垂れ下がっている。小事で一度外出する以外は家に閉じこもっている。民俗学の関心から『北信濃漫遊事典』を読み継いだり、「ポツンと一軒家」を視聴して楽しんだりしている。呑気なもので、まだまだ農事は先のことである。「ポツンと」の番組は、プロデュースする局側の勘違いもあるが、林や所、それにゲストが冗言でなく、吉本やジャニーズなどの芸no人が登場しないのが清々しい。今や、都会ではなく地方への関心が時代のトレンドなのである。実際、首都圏の大学は「地方大学」(local)化している。都会では物価が尋常ではなく、上京組の教育費が膨大であるばかりでなく、情報伝達が瞬時になったこの時代に、首都圏で学生生活をするメリットがないのである。それに、地方出身の自分の経験によれば、首都圏の学生は要領がいいばかりで仲間で固まっていたのを想起されるのである。秀才と目されている人々が集結する東京において、行政のトップがあの程度であり、何の解決もなく混乱している惨状である。
 地方の新聞の裏面を眺めて、東京キー局のテレビ欄の番組を拾うと、「DASH海岸に異変暖冬でウナギ巨大化!東京湾の深海300㍍で深海ドローンが撮った「これ大発見!」生物が…巨大サメが大暴れ」「令和発表の記者会見”新元号を秘匿せよ”菅長官がテレビ証言㊙リハにスタジオ騒然」「緊急生放送!!宮本浩次森高こぶしクリーピー田島貴男モロハ眉村ほか」「松本浜田に㊙批判連発」「ゴシップ豊年祭ノブが山里に愛の告白中居自宅スクープ写真㊙事件で結婚生活危機」「コックリさんで覚醒!?吉本2度所属の真相!?愛車は50年もの国産車」「100日ワニが炎上騒動デフフットサルとは?」などなど、呆れてものが言えないというか、勝手にやればとも思うし、どうかしていると思うのみである。そして都会に資本が集積しているために、程度の知れたあの人々は、マルクスによれば、一般的等価物としてのカネに執着して、それを価値として最大限に思い込む物神性に取り込まれているのである。

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