2018年7月15日 (日)

稲の分蘗を見て

2018071509230002 記録によれば、田植えが6月17日だから、今日は28日目。最高分蘗期はおよそ定植後60日だから、幼苗はぐんぐんと伸びている。もう少しで青田になり、そよぐ風に枝葉を靡かせるだろう。9時過ぎなのに、噴き出る汗をタオルで何度も拭いながら畦回りをして成長の具合を観察するのである。気の早い隣りの田んぼは、中干し後の水入れを開始してもいる。気候が早まり、何事も早め早めになっている農業である。だが、生来の怠け者である自分は、他の仕事をこなしつつ、遅れ遅れの農業になってしまっているのは否めない。畑作業は思うようにならないが、絹サヤやピーマンなどの世話が何とか間に合っている始末である。
 西日本豪雨による災害では、知り合いの安否は確認できたが、極右政権の弛緩は止めどもないことになっている。西日本は東日本と異なり、土が重たく赤土が多いために土砂災害は甚大となる。また、日本の河川は急流なので、巨大地震災害と並んで、豪雨対策は国を挙げての取り組みが緊要なのである。気象庁は重大な事態を警告したにも関わらず、「赤坂自民亭」なのである。これに対する批判は、ある意味では正しいのだが、マスコミが恐る恐る報じるようになっているのだが、「宴会」批判は本質ではないのである。むしろ、この悲惨な状況を政権浮揚に利用していること(ショック・ドクトリンこれも)を周到しておかなければならないのである。実は、明治維新もそうだったのである。「志士」どもは、非常事態を利用し、自分たちの利害のために興国論や覇権論、軍事大国化に成り下がって敗戦を準備しただけだったのである。西郷隆盛や坂本龍馬などは徹底的に斥けなければならないのである。三島由紀夫のカリカチュアも然りである。2020年のオリンピック開催は、2011年から始まる第二の敗戦を告げる晩鐘となるだろう。この豪雨被害と同じような事態の最中にオリンピックは敢行されるのであるから。悲惨の事態に遭遇して初めて日本人は決起できるかどうかが要なのである。そのような認識が、稲の分蘗ように、全国津々浦々に遍満するかどうかが問われているのである。

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2018年7月 5日 (木)

不思議な日本人と不謹慎な日本人

2018070318060000_2 ニュースと国民の関心はサッカー一色であった。日本においては、カジノや働かせ方やTPPと種子や憲法改悪手続きなどの悪法案が強行されている政治状況で、ワールドカップ・サッカーに現(うつつ)を抜かしていいのだろうかというのが本音である。NHKアナウンサーは、ニュース番組で自社のサッカー中継を宣伝して、「日本を応援しましょう」などと誘導する始末である。公共放送による完全なる扇動である。ナショナリズムの熱狂と「一つの日本」(長谷部選手)を唱道している不思議な日本人である。
 サッカーのことについては、息子が長年取り組んでいたこともあって、多少は関心はある。が、これだけの「不都合な真実」が隠蔽されるとすれば、天の邪鬼を自称する自分にあっては、スーパープレーや格闘技としてのサッカーに注目することはあっても、日本代表チームが勝利してほしいなどとは露ほどにも思わないのである。ビッグマウスやその仲間であるガンバ大阪君などが出場すると、辟易したものである。たらたらボール回しを批判されたために、ベルギー戦では相手のカウンターに沈んだのは余興である。自業自得ともいえよう。もともとスポーツなどクーベルタンの迷言に反して、国家とスポーツ団体の収益のために存在するのであって、FIFAそのものが、2015年に汚職事件を誘発しているのであって、アメリカの司法はFIFAを「恐喝が横行する腐敗した組織」と断定しているのである。誘致のための収賄や放映権をめぐる巨利故に、幹部の腐敗と巨大企業とのスポンサー契約による賄賂はよく知られている。要するに、「私腹を肥やそうとする者により、このスポーツがハイジャックされ」ているのであり、その腐敗はワールドワイドに亘って極まれり、というスポーツなのである。だから、ベルギー戦では白河夜船を決め込んでいたのである。翌朝、結果を知ってわが意を得たりと思った次第である。「サムライニッポン、凄い」とも「惜敗が残念」とも「健闘ご苦労さま」とも思わない。全くもって不謹慎な「非国民」である。

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2018年6月24日 (日)

女たちの戦争責任

2018061909060001 田植えは17日の午前に終了する。が、補植ができない。多忙の為、体力保持のために休むのであるが、自然は待ってくれない。この間に、高群逸枝の『娘巡礼記』(岩波文庫)や渋谷定輔の『農民哀史から六十年』(岩波新書)などを繙読している。しかしながら、年々歳々、愚鈍の頭は益々固陋になって、殆ど機能しなくなっている。それでも生きなければならないのである。研修や会議などで事なかれ主義を決め込む自分に愛想を尽かす日々である。
 満24歳の若き高群は故郷・熊本を後にして、半年間の四国遍路の旅に立つ。頃は、1918年6月、大正デモクラシーの全盛期でもあり、直後には、シベリア出兵や米騒動など、国内の戦時体制化と階級闘争とが激化しつつある時期である。
    おどろかじ 疑ひもせじ 世の中を
    さみしく独り 旅ゆくわれは
 巡礼の動機は、「あとがき」によれば、どうやら人生の煩悶と恋愛問題らしい(これにはあまり関心がない)。若き女の巡礼姿は奇怪と好奇の眼に晒されるのだが、当時の世相と人間模様が見事に描写されている。貧困と絶望にある庶民の姿である。他方、高群の観念的な思考は、その時代の青年層に特有のものである。その乖離が掻痒の感を覚えるのである。結果として、高群の母性主義が「聖戦」として侵略戦争に加担してゆくのが残念なことである(これ参照)。されど、24歳の自分を思い返すと、恥じ入るばかりである。
 
 

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2018年6月 5日 (火)

梅雨入り前に

2018060218320000 明日にも梅雨入りする気配である。ひと月以上、ブログとはご無沙汰である。農事が始まり、あれこれと手配と実働をしなければならないのだが、今年は事情があって、人生残り少ない(?)時間を割かれているのである。日本が壊れてゆくのを斜に構えながら眺めることも乙なものである。全てが可笑しい。意味もない野球が嫌いになって久しいが、大谷がどうのこうのとスポーツニュースがやかましい。ワールドカップ・サッカーに向けてのピークアウトした人選で何ができるのか。アメフトなぞ、本来選手を駒としたスポーツじゃないか。国民栄誉賞を貰って喜ぶ、お目出たいスケート選手、軽蔑あるのみである。大体、スポーツで激励、なんてとんでもない驕りであり、噴飯ものである。アベによる国家の私物化や政・財・官・学・法曹・マスコミ・芸能・スポーツ等の腐敗と無力化、大いに結構である。笑いが止まらない。文書改竄どころでなく、国の最高法規も改竄されるとあれば、日本国終了となるのである。なあーんだ、みーんな愚か者ばかりじゃないか。いいぞ、いいぞ。鯛は頭から腐る、というのは本当だな。嘘つきはアベの始まりということで、社会そのものが虚妄と化しているのである。子どもに嘘をつけ、開き直れ、という道徳を教え込むアベとアソウである。自民党は極右政党であるが、政治・外交の無力、財政赤字の垂れ流しと国民への責任転嫁、国家の私物化が席巻している。これに3割弱の国民が悪乗りしているのである。誠に喜ばしい限りである。しかしながら、アベとアソウは死ぬまで辞任してはならない。中途半端はダメである。どこまでも零落してゆかなければならないのである。誰にも相手にされない程に奈落の底までお付き合いしなければ、人々の理解を得ないのである。次期首相は大変だねえ。全てを入れ換えなければならないのである。もう一度の敗戦を処理しなければならないからである。あの敗戦時以上に、政治責任を国民総体に問わなければならない大事業(真の革命)の責務を負うのであるから。半世紀ほど前に、安保・沖縄闘争や大学闘争で問われたことが現代に蘇っているのは確かである。

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2018年4月28日 (土)

近代日本の科学技術への「総括」

33706317 さすがは元東大全共闘代表である。論旨明快である。資料を渉猟するだけでなく、安保・沖縄闘争や大学闘争において突き付けられたのであるが、放置されている諸問題についての言及もなされていて、大変な労作といえるのではないか。近代化した日本の150年を問うているのである。このことは、多くの人士によって認識され、論及が急増しているのである。例えば、ある高校の日本史の授業では、学習プリントが出題され、大テーマとして「日本の近代化はどのように行われたのか」が問われ、そのための視点として、「なぜ、日本は近代化に成功したのか。その過程で失ったもの、犠牲にされたものなど問題点は何か」と提示されている。また、「最近、『明治維新はまちがいだった』という本や、『家康江戸をつくる』という本が話題となっている。これはなぜか」と補足している。山本の岩波新書は、序文で要点がほぼ語り尽くされているが、重要なのはその論証である。日本語や日本の学者に特有な曖昧模糊とした論説が多い中、山本の記述は一等鮮明である。今年も春の叙勲が内閣府から発表されているが、スポーツ選手やら芸能人など、若いうちから勲章にイカれるようでは話にならない。思想信条が問われているのである。貰う方も貰う方であるが、山本にとっては、それらを遙かに凌駕する業績となるのは間違いがないだろう。本当の仕事とは、こういうものなのである。
 今年の春は目まぐるしいほどの忙しさであり、ゆっくりと鑑賞したり、リラックスができないことである。街路樹や庭木では、もうハナミズキが満開を過ぎているのである。種蒔きを始め、農事を急がねばなるまい。

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2018年4月 6日 (金)

入学式今昔

2018040510470000 毎年、桜の開花があると観に行く一本桜(これ)である。桜の時期になると、この貧弱なブログのアクセス数が上昇する(これ)のだが、庭に植栽した引越し記念の桜も、天を見上げるほどの大きさに展開し、春の陽光を浴びて満開である。
 母校の入学式のために小中学校を訪問したのであるが、無難な儀式であったという感想である。小学校の入学式で気が付いたのは、対面式の入学式であったことである。無論、新一年生が背丈が小さいということもあるだろうし、演壇の式典に慣れていないこともあるだろうが、半世紀以上前には、演壇式が普通であったように記憶している(体育館ではなく講堂と称していた)。無用に起立させないで、椅子に座っての平壇式典になっていて、微笑ましいものになっていた。着用している衣類も頭髪も現代風で可愛らしい。かつての講堂はだだっ広く、冬は寒々したものだったが、今では少子化ということもあってコンパクトな体育館を利用している。父兄の服装は、往年は和装が殆どであったが、今では圧倒的に洋装仕様である。これが中学校になると、少し変容する。男子に丸刈りが散見され、女子はポニーテールやショート、ロング・ストレートと多彩である。意外に女子の方が背丈が高いこともあって、男女の凸凹コンビもいて可笑しい。お祝いの言葉や新入生の言葉は、式典に相応しい穏当のものであって滑舌がよい。昔日の吃音や赤面やあがり症を見聞することは少しもない。そういう意味では洗練(一色化)されてきているのかも知れない。往時の親は、生計のための仕事に追われ(そう言えば小学校の父母同伴が多くなっている)、父親が参列することなど滅多になかったような気がする。小中とも、父親がビデオカメラやデジカメ役に徹しているのである。中学では、男子は懐かしい詰襟の学生服が占め、女子はセーラー服はなくなってスーツ・スカート姿に変遷している。往年には国歌斉唱がなかった筈であるが(長野県歌の「信濃の国」斉唱が一般的だった)、それが式次第に挿入されている。1989年の学習指導要領では、学校現場では国旗掲揚と国歌斉唱を義務付けているようである。しかしながら、国民国家を否定する自分としては、掲揚と斉唱は認められないので、典礼では、国旗を平視したり一礼することもなく、口を噤んで「君が代」も歌わないのは勿論のことである。

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2018年3月27日 (火)

怪しい、怪しい、怪しい

Yjimage 本日の休日は、冬用タイヤからの交換や自転車修理、少し伸び始めた草取りや植え替え、情報処理の教科書的勉強など課題をこなして、佐川前財務省理財局長(前国税庁長官)の証人喚問を途中休憩しながらテレビで眺める一日だった。庭には梅の花が綻び出し、密集した黄色に染まった山茱萸が風景を彩っている。イヌノフグリが足下を賑やかに飾り出している。蕗の薹はやや薹立ちし始めている。快晴の光が背中を温めている。風はゆるりと暖かい。春到来なのにである。
 喚問は予想通りの展開である。この人には信念がないらしく、自己保身の権化であることが理解できた。無論、生殺与奪の権が握られていることは疑い得ないのだが、身を切る決意も無いようである。キョロキョロ動く目線が典型的な小官僚であることを証明している。正義感の微塵も感じられない。悲しい人である。財務省の面接試験では、志望者に「なんとつまらない人生だな」と虐められるそうであるが、入省してこれでは財務省のレベルが知れている。ほとんどが東大卒であるが、秀才の成れの果て(白色矮星)である。核心点はすべて「刑事訴追の恐れ」で乗り切った(つもりな)のである。日本国憲法第15条は、(内閣人事局ではなく、)国民の公務員選定罷免権と(国民)全体の奉仕者という公務員の本質を明記している。(国民と)天をも恥じないとなってしまったのだから、悔悛して自白するまで森友問題を追究するのが日本国民の絶対的課題となったのである。国民はなめられているのである。そして、誰が指示し、何のために改竄と偽証はなされたかを徹底追及することによってしか、民主主義は貫徹されないのである。空洞化した日本国憲法が、極右政党である自民党によって改悪を迫られているのは偶然ではないのである。ちなみに、長野高校出身の北村弁護士は、日本国民が誰しも思っている疑義を差し置いて、佐川氏の証言拒否を正しいと反論しているが、長野県民として恥ずかしい限りである。それともう一つ、年齢が近い北村弁護士や佐川氏、及び時の首相の頭髪がふさふさと豊かであるのも、悩みで薄毛になっている自分にとって絶対許せないことである(笑)。

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2018年3月23日 (金)

曲学阿世の国史学

33565344_2 講座派と労農派との日本資本主義論争は、1930年代前半に生起したのだが、この論争は30年代後半には国家権力の弾圧によって強制終了させられた。この論争は、究極的には、左翼論客による日本の革命戦略をめぐるものであって、戦後になっても決着を見ていないと言えよう。敗戦後の歴史学においては、昭和史論争、ファシズム論争、そして「革新」派論から総力戦体制論へと展開しているのである。昭和を睨む歴史学者の面々は、戦争を体験したり、証言した世代から記憶と記録の世代となり、もはや歴史資料を渉猟して考察するしかない現実となっている。だからが故に、巷間では虚偽の歴史観や歴史本が幅を利かせ、書店の店頭やネット上に溢れ返っているのであるが、この主要因は歴史学者のだらしのなさの故なのである。彼らは政治家などの日記や天皇実録などの第一史料を漁ってばかりいるのであるが、それらへの批判もなく政治史中心の歴史を把握して通史を論述しようとするものだから、結局、気の抜けたサイダーのような歴史記述となってしまうのである。
 さて、総力戦体制論は、敗戦の前後の連続性を強調するものである。学生時代には、単位取得のために参考図書として、山之内靖の『マルクス・エンゲルスの世界史像』という出世作を精読したことがあるが、当時の東大では疑似マルクス主義者による学問が席巻していたのである。そして海外の学問の成果を吸収して、それが恰も自分が編み出したものとして取り繕う曲学阿世の学者ばかりだったのである。そんな連中が唱道し始めたのが総力戦体制論なのである。ならば、日本の歴史、特に日本の近現代史を読み解く場合、一体何が必要なのかを次回に詳述してみたい(続く)。

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2018年3月12日 (月)

「わたしは東京を侮蔑する」

2018031215570000 面倒臭い一日であった。精神的な疲労が身に襲い掛かっている。人を何とも思わない行政末端で確認作業をし、午後は確定申告のために会場に急ぐと、e-taxの定着を目指して、税務署は指導が中心で要領を得ない。行政は税務に疎い市民を置いてきぼりしているようだ。NHKの天気予報は、最低気温と最高気温を表示して概況を説明するばかりで、自然のあるがままをニュース化せずに、本来的な人間生活を無視している都会人の有り様には呆れるばかりである。千葉県の情景を見せても、薄っぺらな映像で誤魔化すばかりで、この地方では何の意味もないのである。関東圏には、何十年も前に薄暗い青春を過ごしたこともあるのだが、今となっては何の意味もないニュース映像である。花鳥風月は都会の日本人には全く忘れ去られたようである。『鶴瓶の家族に乾杯』という番組は、その地方の自然と人々の生活が垣間見られるので楽しみにしているのだが、興味本位のディレクターの指向が邪魔をして、見飽きた同一地方が繰り返されて興ざめである。地方はもっと千変万化で豊かなのであるが、都市の人間には分からないのだろう。中には、地方に在住しながら地方の因習を強調している大バカ者がいるが、全くもって失笑してしまう。政治腐敗の原因は地方なのか。原発による(核)電力を享受していたのが都市住民なのである。しかも原発被害の風化を許しているのも都会人なのである。自民党一強支配を許して金城湯池になっているのも都市の選挙区なのである。維新も公明も都市選挙区で出張っているのである。確かにごく一部の地方では、長年の自民党支配を受けているのだが、それは今もって都市在住の世襲議員が跋扈しているからである。長野県では、高校卒業した若者の約8割は都市へと流出してしまうのである。地方のロードサイドを占拠してストロー現象をきたして、地方のあらゆるものを収奪しているのである。29歳の高群逸枝は、『東京は熱病にかかってゐる』という詩集で、「私は都市生活、ことに不正に満ち、阿諛と屈辱とに満ちた売文生活に耐えきれない」と表白している(p200)。「いやな醜い東京、わたしは東京を侮蔑する」(p216)と。それは若き日々の四国巡礼の故に覚えた感覚であった。春先の四国や瀬戸内は風光明媚で、さぞかし美しいことだろう。東京では梅が開花したそうである。しかしながら、醜い東京の政治家は、その醜い悪相をテレビで永遠に晒し続けているのである。

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2018年3月 7日 (水)

軍部の台頭と近代天皇制

33559108 この巻では、「憲政の常道」の時代から軍部主導の「挙国一致」内閣の時代までを取り扱っている。次に続くのは近衛新体制の時代であり、結果的に国家的破滅に収束するのである。憲政の常道とは、第二次護憲運動によって成立し、五・一五事件によって崩壊した政党内閣制である。多数議席を獲得した政党が内閣を組織するという政治的慣例である。決して法的拘束力がある訳でない。裏を返せば、明治の「元勲」が鬼籍に入って藩閥・超然内閣への飽きからくる大正デモクラシーによる精華というべき慣例であったのであるが、実態は西園寺公望(唯一生き残った元老)の首班指名に基づいて天皇の大命降下という方法に拠っているのであって、元はと言えば、「大日本帝国憲法には、首相決定のルールが定められていない」(p4)のである。明治憲法は伊藤博文が中心となって井上毅らが起草したと言われているが、これがまた、出鱈目な憲法なのであった。天皇、天皇、天皇・・・と天皇親政を謳い(欽定憲法)、その大権を規定しているからである。だから、著者はエピローグで天皇制と明治憲法に逢着せざるを得なかったのである。言うまでもなく、統帥権は天皇の大権であり、内閣(行政)からは独立していたのであり、軍部は天皇の不可侵性または神聖性を盾に権力介入から伸長へと進展したのであった。これには、腐敗した政党・財閥勢力や明治以来の天皇制に洗脳された臣民意識という少なくとも40年以上にわたる歴史背景があったのである。「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)という俳句があるが(この句の戦争とは憲兵の意であるらしい)、戦争は少しづつ浸潤し、段階的に一気に進捗するのである。軍部が国家権力を掌握して侵略戦争に敗北した責任は、当然の如く、近代天皇制にもあるのであって、ここで戦争責任問題にもなるのである。戦後に成立する「日本国憲法」は、大日本帝国憲法に基づいて帝国議会で承認され、枢密院の可決後、天皇の裁可で公布されたのであるが、ここで注目したいのは、戦後憲法でも天皇制は生き続けているということである(法的継続性)。天皇制問題は、決してタブーとするのではなく、戦争反対を貫くためにはこの問題を避けて通れないのである。著者が最後の一文で、「近代天皇制が、政治統合の主体としての実質的な機能を依然として封じ込められる一方で、国民統合の象徴としては無制約に解き放たれていく、そうした時代でもあった」(p241)という指摘は、現代にも生きているのである。

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