2017年5月13日 (土)

戦中派の尻尾

32449629 山田風太郎の作品は一度として紐解いたことはない。しかし、彼が戦中派として戦争体験をしていたこともあって(但し、彼は実戦体験していない)、また、このブログ記事を読んで図書館から山田のエッセイを借り受けて熟読してみた。戦中派の人々の考えと想いは、自分の幼少期にも、身内や親類縁者から仄聞したのであるが、決して彼らは自らの体験をあからさまに開示することはなかった。小中学生の頃、週初めの月曜、一時限の朝礼で、校長や教頭、教師たちの戦争体験話をしばしば平和の大事さを強調する中で聴く時も、戦争の具体的な実相は言外に推察するだけで、想像するより外はなかったのである。教頭は空腹で降参した時に米軍から与えられたパンの旨かったことから平和の訴えがあり、担任はトンネル内に身を投げて自殺しようとしたと吐露していた言葉が脳裏に焼き付いている。
 それでは、山田風太郎の場合はどうだったのだろうか。皇国青年であった彼には実戦的な体験はない。一般的に、戦中派の記録や日記類は信用しがたい。これは山田自身が述べていることであるのだが、それらのほとんどは、自己正当化に終始しているのである(市井の者は、それが余りにもの悲惨な出来事であるがために黙して語らずである)。そして、山田は戦争責任のベストテンとして、昭和天皇、近衛、松岡、木戸、東條・・・と列記しているのであるが、後には、日本人、重臣連、天皇、近衛、木戸・・・と改訂している。「太平洋戦争風眼帖」を縦横に深読みすれば、山田は典型的な戦中派というのが理解できる。「明治栄光論」であり、「植民地解放論」であり(司馬遼太郎も同様)、「捲土重来(他日報復)論」であったのである。そのような戦前の思考(という尻尾)をいつまでも保持している意味において、完全に戦前の自分を切開していないと言わなければならない。その結果、日本人が大好きな、日本人論を展開するという隘路に陥ってしまうのである。そして、戦争責任の筆頭は日本人総体であると改めて指弾してゆくのである。曰く、もし日本人が原爆を米国より先に発明したら、日本人は躊躇なくこれを使用しその残酷も感じないだろう、と(p9 原発再稼働を見ればよく分かる)。また、「日本人の特性は、といわれた場合、その最大にして最も簡明なのは『軽薄』であり」(p15)、「日本人はうそつき民族であるのみならず、うそというものに鈍感である」(p39)と痛罵しているのである。これら以外に、無責任、寄らば大樹の陰、二股侍、幼児性、一発屋、無鉄砲、従順、小利口などと指摘して、日本人の国民性を一重性と二流民族という二つの規定に収斂しているのである。この彼の定義は、押しなべて得心のゆくものではあろうが(かの首相もそれらを完全に体現している)、それは同時に鏡に映った(尻尾を残す)戦中派自身の姿ではないだろうか。だから、冒頭で太平洋戦争おける「名将」を持ち上げたり、戦後になって付和雷同的に「民主主義」を高唱する輩の偽善性や愚かな政府・軍部首脳への非難にのみ関心が集中してしまっているという彼の限界が見て取れるのである(体験者としての怒りも十分理解できるが、歴史学的にかつ民衆の闘いの観点から断罪すべきなのである。また、戦争体験者でなければ戦争の実相が分からない、という言説は真っ赤な嘘である)。要するに、決然としていないのである。

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2017年5月 6日 (土)

逝かれた人々

33382836 やっぱりな、と思うだけである。今年の4月23日、拉致問題の国民集会において、それが「内閣の最重要、最優先の課題」であり、「解決する」と決意表明しているのだが、これは全くの嘘である。もしそうなら、今頃は解決していることだろうし、況や、その発言が飛び出したのは、北朝鮮の核・ミサイルが「切迫」(政府広報)している時期の発言がために、「この人はやはり逝かれている」と思い至った次第である。また、その解決のために米国の協力と連携が必要であるとして、自ら積極的に先導しようという気概もないのは明々白々である。それだけではない。拉致被害者の家族がこの妄言に唯々諾々と付き合わされて、キリスト教と神道などの右派勢力である「救う会」に牛耳られているために拉致問題が一向に国民的な悲願とならないのだな、と彼らに同情の念を禁じ得ない。田原氏には「変なものを付けてるだけ」と揶揄される始末である。要するに、完全に政治的に利用されているのである。北朝鮮問題などと煽っているアベなのであるが、他方で、連休中に自ら率先して(閣僚の半分以上も右に倣い)外遊に興じ、ゴルフや飲食に耽って弛緩しているのであって、こんな内閣なら自分でもできるなあ、と呆れてしまう次第である。お粗末な政府である。国会議員や政党も然りである。さぞかし、アベ首相は稀有で、最も優秀な天才的大宰相であろう。それでもって戦犯である祖父の顰に倣って、憲法改悪を表明しているのである。呆れてものも言えないとは、このことを言うのである。夫婦揃って「神ってる」のだろう。やっぱり、逝かれたニッポン、である(自分が日本人であろうが、米国人であろうが、中国人であろうが、そんなことはどうでもいいことである)。
 この本の著者もまた悲惨である。元々、この書の狙いが「人類が歩んだ旅路をなぞり、どのような経緯でここまで到達したのかを明らかにすること」(p11)であるのだが、科学力と創意工夫で食料生産力を向上させてきた歴史を振り返り、人類の過半以上が都市に集中した(2007年)21世紀の食糧問題は、問題なく解決していくだろうという安穏とした内容である。農業史としても俯瞰的に詳述されているので初心者にとっても分かりやすく修習できる。ラチェット(歯車)-ハチェット(手斧)-ピボット(方向転換)というキーワードを駆使しながら、人類は前進-破綻の危機-方向転換してゆくという進歩史観である。人類は「偉大な成果」(p243)を収め、「勝利を積み重ねて」(p246)、「大躍進の時期を迎えた」(p246)と賛辞を送っている。本当にそうなのだろうか。確かに著者は、一方で、「矛盾に満ちた豊かさ」(p257)と懸念も感じているのだが、他方で、この温暖化や生物多様性や持続可能性などの問題が山積しているにも拘らず、やがて方向転換して解決を見るだろうという見解に墜することは、火を見るよりも明らかだろう。分かりやすさが故に陳腐な見解に帰着するのは、英米の学者には特徴的なことである。
 (追記-2017,5,10)
 もう一つ。ブラジルの伐採された熱帯雨林の惨状に涙ぐんだ著者は、末尾において、こんなことを結論的に叙述している。「いまわたしたちは農耕をする種から都市生活をする種に変わろうとしている。少数が食料をつくり、大多数の人びとがそれを食べるという最新の取り組みは始まったばかりだ」と。「都市の暮らしも自然界とのかかわり合いなしに成り立たない」(p262)と言いつつも、帝国主義的な搾取や大地からの過剰な強奪、都市と地方の格差や南北間対立などに無関心を決め込み、その変容を無条件的に肯定する著者の近代人的な思考に、疑念と苛立ちを覚えるだけである。

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2017年4月24日 (月)

文科省の家庭教育支援?

Img1 家庭の教育力が低下している、と言う。誰が言い出しているかといえば、文部科学省である。正確に言えば、文科省の「生涯学習政策局男女共同参画学習課家庭教育支援室」である。冗長な名称部署であるが、行政とはそういうものである。国家が共謀罪の導入を目指している、現在進行中の国会審議の次は、家庭教育支援法が企図されているらしい。国家主義者による権力の私物化が漸進している中で、第二次朝鮮戦争の軍事挑発がなされ、いよいよ戦争国家化が成就されようとしている事態なのである。既に、道徳(戦前の修身)の教科化が決定し、来年度から教科書が使用される。国家による洗脳教育が一段と進行するのである。これと並行しての家庭教育支援法である。いじめ・非行を叫び、子どもの貧困が注目され、母子家庭世帯の増加や青少年の引き籠りを捉えて、少子高齢化に危機感を抱く政府は、家庭の中にも手を突っ込む目論見なのである。その時、当事者の自己責任と親の責任が常に問われ、己と己を中心とする社会通念を強制するのである。利潤追求するために金融資本は常に家庭の解体を主導するのであるが、政府はそれを国会で法制化して施行する。原因を作ったものがこれを「是正」するということのメチャクチャからして、テロ等準備罪以上の悪法になることは間違いない。動機が不純であることから民衆が総動員されるのである。確かに地域社会は分断され、子育てが孤立し(孤育て)、人々が貧困化し、家庭環境は変化している。ひとり親世帯の貧困率は半数を超越している。反政府側の人々の中で、どれだけの人が家庭と家庭環境の実態を認識し、関心を抱いているのだろうか、と自問しなければならない。もしかすれば、もう後戻りができない時期なのではないか、と考え及ばなければならない時なのである。極右翼政権であり、政府官僚や司直は保身と追随に走り、マスコミは政府広報化している有り様は、同時に、主権のある人民のチャンスであることも知らなければならないのである。

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2017年4月 9日 (日)

都市のまやかし

2017040912060003 梅の花が満開となり、朝からの菜種雨が止んで桜の開花となっている。都会では満開、もしくは散り始めとのことであるが、当地では漸く春到来である。猫の額のような畑を整理して、とう立ちした白菜 の菜花を、天ぷら蕎麦に投入して試食する。これは農園を営む者だけの味わいである。柔らかくて、ほろ苦さを感じない、ほんのりとした甘みが口腔内に広がり、春の味わいである。

 植木屋の 幟や増えて 春来る

 この本の中で、野坂昭如は長野市に、都合、六回訪ねたことを記している(p119~130)。1975年のことだから、高度経済成長期を経てオイルショックの端境期で、農家は兼業化が進み、三ちゃん農業から母ちゃん農業へと進展し、農村が激変した時期である(この農村医療記を読むと、当時の農村・農民生活が垣間見れる)。当時はまだ農業人口は750万人ぐらいであったが、今では200万人を切っていることだろう。60年前のそれの10分の1であり、激減といってよい。駅前通りはシャッター街となり、農村は耕作放棄地が増え、都市は労働力(人)と食料とカネを地方から飲み込んで成立しているのである。そして、都市生活者の保守化である。これが持続可能な社会ではないことは言わずもがなである。その稿の中で、野坂は二つの提案をしている。農民による食糧出庫拒否と、農業を婦人に委ねよというものである。これは実現性が薄いのであるが、彼は農業指導者研修会の講師として発言した後、エノキ栽培やリンゴの集荷発送センターを見学して、農業生産の大変さや都市生活者の無理解を感得している。また、地元の婦人三人と懇談している。そして、この農業危機に及んでは、「もう女に渡しちゃった方がいいような気がしてくる」(p127)と吐露している。婦人には飢えは無縁だからである。「都会に住んでいる者は、何かとてつもないトリックまやかしにかけられている」のであって、「そのまやかしは農村に対するよりは、はるかにひどいような気がする」(p130)と文末を締め括っている。けだし、至言と言わなければならない。

 クラーセンさんの訴えにも傾聴してみてください。
 http://afriqclass.exblog.jp/

 

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2017年4月 8日 (土)

司馬遼太郎の朝鮮観

32288547 著者である中塚明については、彼が近代日朝関係史についての専門家であること以外、詳らかに知らない(これ参照)。しかしながら、司馬の著作が未だに広範に読み継がれていることから、これを念入りに批判することは、厳として意義のあることである。のぼせ上った歴史修正主義者や国粋主義者などの右派が大手を振っているからである。司馬の本は全くと言っていい程読んでいないのだが、瞥見したところ、その虚実が入り混じった文体が嫌いである。小説家としての資質は多分あるのだろうが(推測)、そのしれっとした倨傲が気に食わない。彼は『坂の上の雲』の映像化を拒否したということだが、著作権を除けば、作品は発表した時点で著者の権限から離れるのであって、評価は読み手が行うことなのである。したがって、映像化を拒否するのは傲慢以外の何物でもないのである(映像化を望むわけでもないし、映像化するべきだとも思わないが)。母親は自分の子供を拒否するだろうか。歴史意識や想像力が漸次喪失されることに付け込んで歴史を改鋳し、それを美化する風潮は、紛うことなく、人々の記憶と意識を改変し劣化させるものである。中塚によれば、司馬の明治観は「戦前の昭和は大嫌い、明治大好き」(p27)の「明治栄光論」だと言う。敗戦前の昭和は「異胎の時代」として毛嫌いし、日露戦争は祖国防衛戦争として、それまでの明治は武士道が貫かれた良き時代だったというのである。ちょっと、どうかしているのじゃないのか。日露戦争後、日本人は民族的に痴呆化したと司馬は捉えるが、断じてそんなことはあり得ない。むしろ、明治維新から始まって、殺戮の戦史だったのである。そのことを中塚は、司馬の朝鮮観を批判することで、日清戦争の中にも洞察できると仔細に論じている。朝鮮王朝占領、朝鮮抗日闘争へのジェノサイド、王妃殺害事件(これ参照。意図が不純であることと、その結果としての結論が間違っているが、比較的うまく纏められている)である。司馬に劣らず、明治政府は正史と戦史の偽造、鏖殺(おうさつ)を隠蔽・正当化するためにプロパガンダに明け暮れていたのである。

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2017年4月 4日 (火)

闇市派の農業論

33568994 野坂昭如は、2015年の年末に黄泉に旅立っている。この刊本は、焼け跡闇市派として、農業に関して、(特に都市生活者の)日本人に対する、歯に衣を着せぬ警世書である。アベ・日本政府が掲げたTPP法が、トランプ米国大統領の出現によってあえなく潰(つい)えたのだが、今後は日米による二国間貿易協定(FTA)へと推移してゆくことなるだろうが、これは日本の農業の崩壊に直結する問題である。野坂の論旨は、タイトルにあるように極めて明快である。農業に関しては、この本の中で、興味があったのは三点ある。一つは、彼が都市生活者の思い上がりを指弾していることである(p105~118)。都市生活者には「農民を切り捨てる考え方がひそんで」おり、「今の農村、農民のおかれている、いわば八方ふさがりの状態は、都市にすべての原因がある」として、一度飢えてみるしかない(p154)と直言している。現代の市場主義経済、もしくは新自由主義経済とグローバル化の淵源は前川レポートである(これも参照)。そして第二に、この前川レポートを指針とする中曽根内閣は、土光敏夫を財界から引っ張り出して第二臨調会長に据える。その結果が、民営化と規制緩和に邁進する、その「土光が始めた悪魔の原発事業」である。その国策に従って、東芝は非情な経営危機に至っているであるが、この野坂の刊本には、土光との喧嘩対談が掲載されている(p56~80)。1975年の頃だから、土光敏夫は経団連会長(=財界総理)として辣腕を振るい始めた時期である。ところが、この対談を熟読すると、農業に対する土光の無知が暴露されているのである。彼は肥料仲買商の次男として岡山市の近郊に誕生して、都会に出て技術者として出世街道をひた走るが、「中学までは親父を手伝って百姓やっていた」というが、これは少し怪しい。嘘が混在しているのは権力者のやり口である。土光の発言の中で、「農村問題としての面から見ると、いまはもう地域社会というものが破滅してしまっている」(p58)という一点のみ首肯するのであるが、その問題を何ら追及しようとしてはいない。解決策として、効率的な農村ができるように農業基盤の整備をして、その地域に工場などをミックスさせるという、ありきたりの提唱をするだけである。何のことはない、形を変えた日本列島改造論である。「めざしの土光」、「無私の土光」と称される人でも、言い訳と開き直り、自負と自画自賛で対談は終了している。第三に、何と野坂はこの川中島平を訪問して、講演と、農業婦人三人との懇談をしているのである(p119~130)。

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2017年3月24日 (金)

汚い奴等

2017032420040000 今日は、タイの海外研修をした息子を駅まで迎えに行き、二人してその足で、「びんぐし湯さん館」の温泉でのんびり浸かりました。帰りには、懐かしさも加わって、愛媛産ぶんたん(ザボン)を衝動買いしました。息子は旅の疲れなのか、入浴後、早速、カツ丼を食らっていました。「(タイ料理は)辛くて酸っぱくて、やっぱり日本の方(和食)がいいわ」との感想でしたが、それはそれ、それぞれの国情がありまして、摂氏47度というこの乾季のタイ人にとっては、自慢の料理に違いありません。魚醤にも慣れていないのだろうが、息子所有のスマホ写真を見せてもらったが、彩がよくスープ状の汁物もあって、美味しそうな料理が並んでいるじゃないか、と思ったものでしたが、息子は息子で、ちょくちょくコカ・コーラを飲んでおりまして、このアメリカの飲料水を差し置いての、タイ料理についての批評は、全く合点が行きません。事前に私は所用で大阪との往来を致しました。大阪では日中12、3度の温暖でしたが、19号線を戻ると、信州では風の花が舞っていました。信州の春は、一月遅れで5度ほど温度が都会と比べて低いようです。下道を追いまくられての運転でしたが、やはり怖いです。一般道にもかかわらず、時速80km以上のトラックを含めての車が多かったので、気が抜けませんでした。19号は走行の車が少ないせいか、スピード過剰で坂が多いので気が気ではありません。路面には、くどい位に「追突注意」の表示があり、運転しながらの風景観察がままなりません。眺めると、それぞれの地域が平均化しているな、という感想を抱きました。大阪でも、惜しむらくは、ラーメン屋が増えました。大阪はやはり都会で、看板をはじめとした賑やかな喧騒に、逆に懐かしさを感じまして、もうしばらく滞在したかったです。東京のつまらなさと比較して、人間味と独特の文化が充満しています。維新を始め、政治的には五流ですが、これは本来の大阪ではありません。一週間もすれば、浪速には桜の開花宣言があるでしょう。造幣局の通り抜けもあります。10℃が開花のめどですが、気象予報士は数字のマジックを知らなさ過ぎです。数値と天気図を示せば分かったように説明しますが、自然とはそんな甘いものではありません。地学という科学ですらありません。大阪のおっちゃん=籠池さん、できたら日本会議も右翼も国粋主義者も愛国主義もやめませんか。その裏切りと嘘に懲りたのではありませんか。人として、「手の平返し」されての「トカゲの尻尾切り」、もしくは「梯子外し」や「仲間割れ」に同情しております。奴等は都合によって、論理でも利害でも分が悪ければ最後には逃亡します。天皇主義者でもありません。大阪府知事もアベ夫婦も高級官僚(官僚制の逆機能)も、人間として信用できない、汚い奴等です。

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2017年3月15日 (水)

改革は地方から

2017031511590001 冬越しした玉葱の苗が、寒さを乗り越えて残っている。黒マルチした玉葱の半分は生存できなかったが、籾殻で覆った玉葱は、健気にも三分の二弱は生き残っている。信州の冬は、積雪が問題ではなく、むしろ内陸性気候の大地の寒さは半端ない。氷点下が当たり前の如月の寒さを凌いで生き残るその生命力には感嘆するより他はない。籾殻の威力を改めて認識することとなった。昼前に、田畑の様子を初めて観察するために出かけた休日である。そして、抜けのある個所の補植である。半世紀前の川中島平では、寒さに強い麦作が当たり前なのであったが、現在では所々でしか眺めることができない。それほど、自然は一面では過酷なのである。したがって、農業は経済成長とは無縁なのである。農業の構造改革が一部で叫ばれ、成長産業化に腐心する政府の目論見は必ず失敗する。自然と風土を無視する政策は、大地と人間(文化)を殺してゆくのである。農業は人々に安定した食料を供給するのが使命なのであって、成長戦略などまったく無用なのである。それを切り破ると、土地の荒廃、資源の簒奪と枯渇、生態系の破壊、農業産業の棄損などの負債を負うばかりで、むしろ農業そのものの破壊となるのである。よく、日本には資源がないなどと脅迫する輩が跋扈しているが、むしろ、日本ほど資源豊富な国柄はない。自然と気候、土地と人民の存在である。有害な人間が政治や経済やマスコミや芸能界などを領導しているのであるが、これがいつまでも続くようであれば日本も消滅を迎えることとなるだろう。しかし、それでも生き残らねばならない。豊洲と森友問題など益体もない問題で大都市は腐臭を放っているが、改革はむしろ地方から勧められなければならないのである。だから、洗脳としての在京キー局TV番組は、今では、ニュースですら見ることがない悠々自適な毎日であるが、こんな田舎にも、昼過ぎの二回、オスプレイの往来を仰いでしまったのである。米軍横田基地と関山演習場とのそれであろう。沖縄の人々を苦しめている常在戦場化が少しづつ進んでいる様である。

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2017年2月24日 (金)

日清戦争の核心点

92406 山川版『日本史小辞典』の内、〔日清戦争]の項を念のために採録してみたい。まだ手元に置いているのであるが、機会あれば古書店に売り飛ばす予定である。
 「1894~1895(明治27~28)に主として朝鮮の支配をめぐって戦われた日本と清国との戦争。日本は早くから朝鮮への進出を意図したが、壬午・甲申両事変で清国の朝鮮での勢力が拡大すると、対清戦争準備および朝鮮に対する保護の準備を進めた。94年に朝鮮で甲午農民戦争がおこり清国軍が鎮圧のため出兵するや、日本軍も出兵。日本は欧米各国の動向を見守りつつ、日清による朝鮮の内政改革を提案し、清国の拒否にあうと単独改革を主張し、清国との戦機を求めた。7月16日日英通商航海条約を調印するや、日本軍はただちに王宮を占領し、豊島沖で清国軍艦を攻撃し、8月1日に宣戦布告した。装備・訓練にすぐれた日本軍は、指揮・装備の不統一な清国軍を圧倒。制海権の争奪をめぐる黄海海戦で勝利し、朝鮮半島の成歓・平壌の戦に勝ち鴨緑江を渡り、遼東半島に進出した。95年2月威海衛を攻めて北洋艦隊を全滅させ、3月には遼東半島を完全制圧した。また、朝鮮では再蜂起した農民軍を鎮圧し、甲午改革によって朝鮮の保護を推進した。ここに欧米各国も講和の斡旋に動き、とくにアメリカの仲介で・・・4月17日に日清講和条約が結ばれたが、直後に三国干渉のために遼東半島をやむなく放棄。また朝鮮の従属化をめざした甲午改革も、三国干渉直後のロシアの朝鮮進出もあり挫折した。日本の動員兵力約24万人、戦費2億余円。」
 戦争そのものとその動向を説明することが主眼であることとは言え、この記述は朝鮮と朝鮮人民からも清と清国人民からも見ていない。また、日本を含めた帝国主義列強の意図が明らかにされていない。つまり、なぜ、日清戦争が戦われたのか全く分からない。また、日清戦争の意味とその後の影響が不明である。まったくもって、よく分からない内容となっている。目新しい学問的成果もない。日清戦争の核心点は何か、これから順々に論及したいものである。明治時代の息吹を残していた親父より上の世代を振り返りながら、探索したいものである。『家郷の訓』もまた、その時代のあり方を調べるための足掛かりとして破読したいものである。
 

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2017年2月17日 (金)

差別と偏見の奈辺

33445752 世に差別と偏見は満ち溢れている。当事者に関わる者さえ、それに気が付かないことが多々あるのだ。故に、益々問題は解決されない。例えば、介護である。「してあげている」という意識が過剰の為、当事者をいよいよ困難な境地に追い詰めていることさえあるのである。そして、介護者はそれに気が付かないのである。水平思考ができないのである。この典型的な例がこの国の為政者である。政府や国会の担い手がこのようであるから、成果どころか、いじめや差別の温床となり、いつまでたっても変わらない。挙句の果ては、自分ができない腹いせに、人(野党)を詰ることに専念しだす始末である。こうなったら、世も末である。それだけではなく、介護する側でも、やたらに講習や研修が増えて現場を疲弊させ、資格を創出したり、技術論に溺れる輩が登場して跳梁跋扈するのである。何をか況や、と思うのみである。挙句の果てに、外国の例を持ち出してそれを直輸入し、偉そうに講釈を垂れることもある。一体、どうなっているのか、と日々思うのであるが、巷間にはそんな輩が満ち溢れているために、ともすれば、諦めの境地にもなってしまう。問題は、差別と偏見なのである。認知症についてのイメージと誤解である。これは、介護する側が創作したものですらなく、社会そのものの遍満する意識の反映である。しかしながら、介護する側が、そのことを自覚することさえなく、何の反省もなく、権力者として振る舞うことが問題なのである。それが認知症の当事者の力を奪取し、無力化していることすら考え及ばないのである。認知症の困難は、記憶障害だけではなく、意欲が低下し、疲れやすく、気力低下して空虚感を覚えているのであるが(p27)、それに寄り添う介護者は皆無である。それでも生きようとする認知症の人の人権など無視するのである。「認知症とともに歩む人」はほとんどいない。このような中で、認知症の人々が生きているのである。人として認めてほしい、という彼らの叫びが聞こえるだろうか。「してあげる」より、「一緒にしたい」という望みが聞こえるだろうか。一人の人間として認めてほしい、「私たちは単なる介護の対象ではなく、私たちが形成する社会の一員」(p46)なのであるという人間らしい願いを、全く無視しているのが、他ならぬこの国の為政者なのである(沖縄の例)。その筆頭がアベであることは多言を要しない。

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