2018年1月20日 (土)

帝国化への道

33524450 タイトルの一部からして「帝国日本」である。現時の世界的グローバル経済の進展に伴って、帝国主義(Imperialism)概念では捉えられない事象が顕在化して、帝国論(Empire)が大流行である。いわゆる超帝国主義論である。特に、ネグリ&ハートの『〈帝国〉』(2000年)がその論を急加速したのである。日本の学者が欧米の学者に飛びつくのは近代化に成功した明治以来の事柄である。その昔、親炙した助教授から、東大の教授が丸善の洋書を独占買いして、訳書や著書を上梓している実態を聞き及んだことがあるが、それは今も変わらない。帝国論も例外ではない。そして、レーニンが提起した、左翼の垢にまみれた「帝国主義」という用語を使用することは、ためらう時代になっているのである(これ参照)。(ポスト)構造主義も帝国論も、パリ五月革命の挫折から派生したものと思われるが、世界の仕組みの解明を標榜しながら内面化を促進し、革命対象を巨大化して革命そのものを彼岸化しているとも思われるのである。
 さて、第三巻では、帝国化の起点とした日清戦争から日露戦争を経て明治時代の終期を叙述している。台湾征服戦争から始まって藩閥と政党とが連携し、自由民権運動は取り込まれてゆくのである。軍事大国化の推進に伴う苦境の財政を補完する地方の名望家の役割と地域社会の変容を記述するのが、この巻の特色である。黒岩六郎の『二十一世紀へ生きる』では、地方名望家の分岐が詳述されているが、帝国主義の特徴である金融資本の確立期でもあって、地方に蓄積された資本が国家によって収奪・統制される過程でもある。その有り様が記述されている。この巻の中で目を引いたのは、1903年の七博士意見書以前に、1900年9月、東京帝国大学の六教授が満州からのロシアの追放を山県首相に意見したことである(p65、逆に、七博士建白事件について言及されていないのが不思議である)。東京大学とその国史学科は、戦争責任を未だ回避しているのである(京都学派も例外ではない。これ参照)。もう一つ気になったのは、「日清戦争につづいて日露戦争も解散総選挙の下で始まったのである」(p108)という記述だった。戦争は、どんな形であれ、内なる統治として既に始まっているのである。

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2018年1月15日 (月)

罪深い男たち

33682266 第一巻では、明治維新は、幕府側を徹底的にせん滅することによって実現したことが明らかになったのであるが、それは民衆によって準備されたのではなく、ごく一部の公家と下級武士の奸計(悪だくみによる騙し討ち)による所業だったのである。前近代的な国家秩序=華夷秩序からの脱却を目指し、国土の確定(琉球処分)や徴兵制や地租改正などが急がれたのである。それは同時に、天皇親政を掲げて人民を臣民として包摂してゆく過程であった。国民国家化への契機となったのである。
 第二巻では、主権国家としての確立過程の叙述である。明治六年の征韓派と内治派の対立は、政府内の権力闘争である。いずれにしても、明治政府は不平武士の残党を死に追い込み(西南戦争)、自由民権運動との戦いに勝利する中で大日本帝国憲法の発布となる。これによって、「民衆は天皇の名によって帝国憲法を『押し付けられた』のである」(p192)。明治憲法では、天皇の統帥権が明記され、教育の法令は天皇の大権として行政府の支配下に置かれ、議会(国民)はこれから排除されたのである(p206)。
Db4sjm1uiaatdmz 対外的には、第一回帝国議会(1890年)の施政演説をした内閣総理大臣・山県有朋は、主権線・利益線論を展開し、日清戦争へと直進するのである。こうした対外的な主権国家化は同時に、対内的には、民衆の臣民化・国民化が強力に推進されたのである。そうした扇動は、「臥薪嘗胆」や「暴支膺懲」という言葉に結実してゆくのである。忠君愛国思想は、天皇を頂点とした差別思想を伴ったアジア観を決定づけたのである(p262)。換言すれば、日清戦争の勝利(日本帝国主義の確立への転機)は、1945年の敗戦を準備し、その淵源は明治維新だったと言っても過言ではないのである。山県という人物は、まこともって、罪深い男である。

 正月だというのに、毎日毎日忙殺されて(生活に追われて)、悩みも多く、心身ともに疲弊している。今年一年、平穏に生活できることを願って記帳とパソコンに向かう夜々である(泣)。

 

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2018年1月 3日 (水)

祝、青学大箱根駅伝優勝

32531738 青山学院大学、箱根駅伝総合優勝、おめでとう。
 これで4連覇で、さすがの強さを発揮しました。実は、自身が中学では陸上部に所属していて、毎日練習に明け暮れていた時期があり、元々関心も強く、今日も高校サッカー選手権と掛け持ちして注目する一日だったのである。陸上部では、過剰な練習のために心臓が懸念されて止めることになったが、達成感の満足は忘れられない。農耕民族に成り切ったとはいえ、狩猟民族としての感覚は覚えているのである(笑)。サッカーは息子がやっているので、応援している内にその魅力にとり憑かれたのである。息子は残念ながら県大会で二回戦惜敗したのであるが、息子の親友が上田西高校で活躍していて、今日の三回戦では、帝京大可児高校のパスサッカーによる攻撃的プレーに、全員防御・全員攻撃の走るサッカーで勝ち抜いたのである。準々決勝もさらに注視してゆきたい。他方の箱根駅伝では、東洋大学を応援しているのであるが、その理由はいろいろある。一つは東洋大学の学風が気に入っていることである。また、郷土力士である御嶽海の出身大学であって、どちらかと言えば、学生気質が地味であり、地方出身者が多いのではないか。恩師の一人であった先生は、東洋大学へ移動して行き、自分もまた、モグリで東洋大学の原典購読のゼミに参加したものだった。たった三人のゼミで、教授は温厚な茂手木元蔵先生だった。自由な気風が遍満して、落ち着いたキャンパスだったと覚えている。そういう懐かしさもあって永年東洋大学を応援しているのである(唯一の欠点は、東大による植民地化が浸透していることである)。大学というものは世間的評価は全く信用ならない。今や、東京大学や慶応大学は現時の国家的な人材として優遇されて派閥(Sitz)を形成しているが、研究者の間では、学問的レベルにおいては二流であることが常態化されて凋落している。そのことは40年以上もの前に漏れ聞いたこともあり、東大大学院を蹴って東北大学へと進学した物理学徒と親しくしたこともある。「東大教授」は、今では疑惑の目を向けられており、新聞やテレビでコメントを要請されることも僅少になっている(体制側の御用学者化)。これはとてもいい傾向である。都市部の著名な進学校秀才はどんどん入学して腐敗するのがよろしい。

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2018年1月 1日 (月)

2018年 謹賀新年

33518893 第一巻の基調である、「万国公法」と称される国際法の秩序を受容し、相応の国制改革を目指した維新政府の狙いを継承して、第二巻は記述される。第一巻の著者の、歴史研究者としての自らの国民化という無自覚さを前回のブログ投稿で指摘したのであるが、第二巻の著者は、1990年代後半より議論されている、いわゆる「国民国家論」(西川長夫)を対抗的に意識している(これについては「あとがき」参照)。「主権国家」の対立概念は「国民主権」であると考えると一見分かりやすいのだが、それでは「国民」とは何なのか、という疑問が沸き起こる。ここにおいて出番となったのが、国民国家論、即ち国家イデオロギー装置論である。要するに、「私自身がそのなかに囚われている国民国家を全体として対象化するための方法」なのであるが、戦後歴史学への批判となったのである(つづく)。
2018 と下書きをしたためている内に、新年になってしまった次第である。年末の「紅白」やら喧噪で意味もない(と自分には思われる)番組は避けて、デスク周りの掃除やら、挨拶やら、読書に勤しんで過ごす。毎年恒例の過ごし方である。昨年は多少の野菜作りを敢行したのだが、今年は本格的な農業開始のための下準備を開始しようと決意している(が、どうなるやら)。拙い過疎ブログですが、本年もまたよろしくお願い致します。

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2017年12月31日 (日)

歪んだ明治維新観

2017122913140000 静かな年末である。目覚めてから朝食をとり、シリーズ「日本近代の歴史」(吉川弘文館)を読み耽る。漸く、第二巻目である。遅読のために、論点が見えにくくなる傾向があるが、それはいよいよ痴呆になりつつある自分の所為である。
 第一巻は、「王政復古」後の国政改革を記述する内容であるが、惜しむらくは、維新に至る経緯については断念されている。「あとがき」にもあるように、著者の専門分野に絞られたのは致し方ない。
 33496056王政復古の大号令は、天皇の権威を利用した、公家や薩長等の武力討幕派による「クーデター」(内乱的な権力闘争)であるが、この事実はあまり周知されていない。立憲政体となっていない明治維新は、実際のところ反動政権だったのである。しかしながら、だからといって、革命を否定するものではないが、教科書的な理解や歴史家の中にも、その事実を根底的に認識している者が少ないのである。だから、現代においても、明治維新をよきものとして理解しているばかりでなく、高く評価しているのである。第一巻の著者も例外ではないと思われる。反抗する者へのジェノサイド(鳥羽伏見の戦い~函館戦争、西南戦争)は徹底していたのである。そもそも王政復古の御前会議すら騙し討ちだったのである。長年による幕藩体制にあって、幕府側は安穏としていたのである。以上のような認識なくして明治維新の本質を正確に捉えることはできないであろう。第一巻の中で、特に目を引いたのは、「地租改正は、旧幕府系の開明官僚が構想し、立法化したのである」(p227)という一文であった。更に、「わが国」「わが国制」「聡明なわが国民」「慧眼の主・・・岩倉具視」などの表現は、歴史研究者として不用意であることを指摘しておかなければならない。これは前述のような明治維新観に基づくと思われるのである。それはまた、「維新」という言葉をも歪めることになっているのである(アベの幇間となって、憲法改悪をたくらむ「維新の党」などと名称する連中についても言わずもがなである)。

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2017年12月14日 (木)

『窓を開けなくなった日本人』

32169906 いつの間にか縁側や軒先はなくなり、欄間や障子の和室は一間(ひとま)に限定されて、生活の中心ではなくなっている。この70年の住居様式は、途轍もなく変遷しているのである。その一考察に資するために、この書物を紐解いたのである。屋根は藁屋根から瓦へ、更にスレート葺や鋼板葺きとなっている。平屋から二階を増設し、アルミサッシ枠が導入されて外部と断絶することとなっている。高度経済成長期に登場したサッシ窓は、断熱効率が高く、「この六十年は、日本の住宅が『隙間風の時代』から『強制換気の時代』へと突き進んだ時代であった」(p55)のである。昔の住宅への不満から全体暖房となり、空調システムの進化によって日本人は窓を開けなくなった、というのである。モノの急増は二階・屋根裏への要求となり、車社会の進展は駐車場増設となり、最も重視されたのは屋内環境の充実と快適であり、一歩外に出ると余所行き仕様となって、家の壁は文字通り人間生活の壁となっているのである。だから、子供たちの声も聞こえず、近隣に人影がなくなってしまっているのである。著者はまた、「これまでの六十年の住宅変化を突き詰めてゆくと、最後には『ホテル』のような空間になってしまうという危惧が私には少なからずある」(p126)と批判的である(どおりで、例のアベ友である強姦魔が、ペジー社の社長が提供するホテル住まいをしていることに合点がいった次第である)。鉄筋新築校舎の高校に入学した時、ダスト・シュートが設置されていたが、すぐに使用されなくなった過去の思い出がある。その高校には、建築学科も併設されていたのは皮肉というべきである。建築家は少なくとも100年以上先をも見通して設計すべきと思うのであるが、購入者にとって家そのものは一生の買い物であるから、その考えは至当と思われるのである。この頃では家屋の寿命は60年(実際には30年余りで取り壊されている)と流布されている。新聞には建築関係のチラシがよく折り込まれているのであるが、実際には、建築業界も玉石混淆という訳である。ゆめゆめ警戒しなければならない。尤も、転居約17回の「引っ越し貧乏」のために、持ち家には程届かない自分とっては、無関係なことなのではあるが・・・(笑)。

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2017年11月30日 (木)

『葦折れぬ』を読んで

Dnh06t8uqaavzng 戦後間もないころに創業した大月書店の第一冊目の書物ということである。これがベストセラーとなり、出版事業としての礎となったということである。『葦折れぬ』は、多くの青少年少女に好感され、早乙女勝元や郷土史家の田中欣一等も愛読書となったようである。この書を知ったのは、「信毎」(長野県人は信濃毎日新聞のことをそう呼んでいる)で、千野敏子の軌跡を紹介する記事に触れたからなのであるが、一度読んでみるかと図書館から拝借したのである。夭折した信州の一女学生の手記である。旧字体・ひらがなの文章を読むことは久し振りであり、太宰治全集の読破で慣れ親しんだこともあって、仙花紙様のこの原本を新鮮な思いで読み進めたのである。この「真実ノート」の大部分は女学生時代の記録で、時代は太平洋戦争の渦中に相当する。戦時下に人々はどんな思いをしたのか、という関心もあったのである。冒頭から「私は戦争をあさましく思ふ世の反逆者である」(p8)と書き記して、「私は未だ曾て祖国愛と言ふものを感じた事はない」(p44)とも自己規定しているのであるが、戦後直後の読者には驚異に受け止められたのであり、敗戦に伴う驚天動地にあっては、ノートの中とは言え、戦時下にこのように表明されていたことが支持されたのである。戦争中の青少年少女にあっては、大概戦意高揚に流されていたのであり、それは高学歴な人間ほど狂信的だったのである。しかしながら、千野敏子が完璧な反戦主義者かと言えば、そうとも思えない言説が随所に見られる。真実を追求するあまり、観念的で自己狭窄的になってしまっているのである。だから、「戦争に対して不平を感じることはなく」(p12)、日米開戦の報に「人一倍血湧き肉躍り」(p82)、生徒を伴って出征兵に感激したり、「涙の出さうな衝動」を覚えていたのである(p151~152)。文学的・哲学的な感傷は、戦前の青少年少女に遍満していたのであるが、それはひとえに貧困と飢餓の生活が滲透していたからと推察される。そのような限界性と制約性が見られるとは言え、その時代に自己欺瞞を唾棄し続けた彼女の信念に瑕疵があるとは思えない。千野はノートに「暗黒時代に生きてゐる自分が哀れな気がする」と表白しているが(p193)、その書の跋において藤森成吉が述べたように(p253)、彼女は典型的な時代の犠牲者と思われてならない。小学校教師として、彼女もまた貧窮の配給生活の中で、終には教壇に倒れて栄養失調で亡くなったのである。享年二十二歳。
 これを読むと、嘘と欺瞞、無知と無恥の野郎がこの国の最高権力者となっている事は、全くの皮肉と言わなければならない。

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2017年11月25日 (土)

農学と農業

33666567 今年はコメの自家消費が早く、既に「新米」(風さやか)を食しているのだが、その味と言えば、少し旨みが乗っていないような気がする。香りもいま一つ。やはり収穫期への途上に降雨と曇天が影響していて、登熟には不足したのだろう。だが、米粒が粒々感がはっきりしていて、やや大きめと見受けられる。ほくほく感にやや欠けるという印象である(冷めてもおいしく感じられるのでおにぎりに適していると思われる)。登熟時や稲架掛け時に秋霖にやられたこともあるだろう。コメの食味にはコメの炊き方も影響する。固目もしくは柔らか目など人により好みが異なるのであるが、炊飯器の機能は向上している一方、コメの研ぎ方に失敗している現場に屡々直面している(半世紀前はお釜でゴシゴシ研いでいたものだが、今では、精米技術の発達によって、コメは研いではいけないのである。もう一つ目にするのは、洗い過ぎて栄養分が殆ど流失しているコメ洗いである)。これではコメの消費が半分に減衰するのは必定と思われる。コメの食味は出来半分、炊き方半分である。
 タイトルが仰々しいのだが、後半部は飛ばし読みだったが通読してみた。農業は、風俗、歴史、生活、環境など、人間が生きている全領域を包含しているのだが、農業の学問(=農学)は、旧来農学部・農学校や農業高校で教えられ、一般に低評価されていたのだが、今や農学は再評価されつつある。生源寺眞一の農学論は、「はじめに」と第一章、第二章に、農学の「学」としてその概要が分かり易く展開されている。即ち、農学とは食料を中心に衣食住の問題に深く関わる科学と定義されている(p4)。取り分けて、現代の農学は、持続可能な発展(sustainable development)を目指して、環境を整えるものづくりとして捉えられているという。そして、農業経済学とは、「経済学の理論が役に立たない問題が存在することを、当の経済学を応用する過程で学び取ることができる学問」(p38)と考えている。これには、結局よくある開発論ではないか、農業にはそれに捉われない分野もあるのではないか、という異論・批判もあるのであるが、ここでは現代農学の動向を認識した次第である。

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2017年11月 9日 (木)

自立支援の矛盾

33324733_2 介護保険法の目的は、「自立した日常生活を営むことができるよう…」(第一条)とあるために、その法改正の度に「自立支援」が強請されている。これは国の介護給付抑制が狙いであることは間違いないが、来年度(2018年)の制度「改革」では、益々高じて自立支援事業に成功報酬制度が導入されることになっている。社会保障費が膨らんでいるのは、人口が多い「団塊の世代」が高齢化しつつあることもあり、致し方ない面もあり、しかしながら、財源問題は税の累進課税化で一発で解決するのである。この間のパナマ文書に続くパラダイス文書の発覚に見られるように、世界中の資産家と権力者は、どんな手口を行使してでも租税回避しているのであって、極右政党の自民党・政府が税対策をせずに庶民を騙して収奪しているのは、そのためなのである(モリカケ問題における嘘つき財務官僚の国税庁長官への栄転)。グローバリズムとは、強欲資本主義の同義語に過ぎないのである。
 介護民俗学とは物珍しい新たな手法と思われるが、民俗学の一つの手法=聞き書きを介護の分野に応用したものである。そして、現在の介護に対する問題提起となるものである。介護業界の問題とは何か。それは、介護する側と介護される側という分岐(関係性)である。元々、利用者は超高齢者であり、職員は大概若く、20代職員ではざらに存在する。半世紀以上の年齢の差があることが多く、知識や人生の蓄積の度合いでは懸隔しているのである。高齢者は、現実的には死に向かって人生を下っていく孤独と無念を覚えているのであるが(p108、279など)、その老いとその先にある死を、これから人生の花開く若きスタッフがどれだけ感じ取れることだろうか。その壁を論じることは介護業界では意識化されずに、仕事としては皆無となっている。介護技術のみに専心することとなり、それが逆に、その問題を遠ざけている現状なのである。スタッフが利用者の人生を全く知らずに介護していることはよくあることである。かつてはその経験知の故に尊敬されていた老人が、今ではものとして扱われている現実に出くわすことが屡々である。また、誤解して「してあげる介護」に満足して自身の生きがいと誇りとして覚えたりする逆転現象すらあるのである。利用者からすれば、疎んじられ厄介者扱いされ、自己決定もなく赤ん坊のように扱われてしまうことすらあるのである。問題行動に焦点化されて対処法に追われる業務の有り様は、介護事業所ではどこにでもある現象である。また、老いに価値を見出せずにバーンアウトに陥る職員すらいる。介護業界の繁忙は、専門家としての社会的要請だけでなく、業務に追われて身体的にも疲弊しており、低賃金がこれに拍車をかけているのである。だから離職率は業界随一となっている。介護労働に忙殺されているのが現状なのであるが、実を言えば、そんな業務など、どうでもいいのである。著者はその問題にいち早くアプローチして、一つの問題提起をしている。「老い」にも価値があることの発見(p282)と、民俗学的聞き書きの手法が、高齢者との関係を取り結び、丸ごと人として尊厳される方途であるという著者の確信(p291)が伝わる著作である。また、高齢者の心身老化に対して、保険費用抑制のために、国によって「自立支援」を強迫し続けることが本当に正しいのかと疑われるのである。

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2017年11月 5日 (日)

卑しき輩が支配する国

Ninjinnmusi 人参を収穫に行くと、キアゲハの幼虫に出会う。冷え込む今頃になっての幼虫じゃ、行く末が気になるところである。とりあえず人参を収穫する為に移動してもらうしかない。隣の畑のオジサンは、玉葱の苗を植え込むために、昼を過ぎても一心不乱に作業を続けている。少々話し込んだ後、自分の畑に戻って人参4本、白菜1玉、大根1本を持ち帰る。昼食を済ましてから地域のえびす講に赴いて、地域の仕事を担い終わると三役で反省会をする。地域振興と地方疲弊の話になるが、結構、皆さん問題意識が高く、知らない情報交換や一人一人の意見を伺うことができた。地方のヒトとカネが総ざらい都会に持っていかれることを認識しての散会となった。県民税や県下の青年の約8割が都会へと流失して、カネとヒトとを都会がせしめている事態なのであるが(長野県の場合)、ほとんど収奪される地方の現実は知られることなく、都会が傲慢に享受しているのである。そして、一例として垣間見るキー局のテレビ番組を視聴すると、タケシやらタモリやらトコロやら、お馴染みのヨシモトやジャニーズの芸no人にウンザリして、意味もない番組が盛り沢山で、怒りを通り越して失笑するばかりである。これをプロデュースする人間がどんな輩かは分かっているのであるが、毎度のことながら、この国は狂っていると思わざるを得ない。「地方創成」とな?もうそんなスローガンはかの人物には忘れ去られて(この点、山口と福井には二度と行くまいと決意している)、次は幼児を出汁にして政権維持しようとしている。コイズミシンジロウという自民党議員を時折ニュースとして瞥見するが、早く消え失せてほしい。もう十分、ソウセンキョやトランプ遊びで日本国は腐敗し果てているのであって、むしろ日本国は、一も二もなく政府を筆頭として破滅するべきなのであり、破滅させるべきなのである。
31633781 子どもをすべて推奨する訳ではないが、この国は悪い「子ども」によって支配されている。モリカケ問題の中心人物とその周辺の輩、およびそれを支持する者どもは、私益を追求してばかりの悪い「子ども」である。「袖口が、鼻水でカピカピだったあの頃。自分の感情を思いきり出して泣き、笑い、怒る子ども達。今の私達は、喜怒哀楽を顔に表すことを、どこに忘れてきたのでしょうか」という思いが本当の思いならば、この国は起死回生となるだろうが、その兆しは露ほどにも見当たらない。しかしながら、いつかは突如として噴出することになるだろう。「自殺したい」という青少年が、お安いSNSの犠牲となる社会は、それほど危うい社会であることは言うまでもない。換言すれば、あの悪徳どもによって、人の命が鴻毛よりも軽くなっている国柄なのである。

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«白色矮星としての日本国